関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、産前・産後の女性に特化した腸内細菌のパーソナル検査と栄養指導、オーダーメイドサプリで将来の未病を目指す、株式会社bactericoの菅沼名津季さんにお話を伺いました。
取材・レポート:西山裕子(生態会 事務局) 八木曜子(ライター)
カテゴリ: #ヘルスケア
菅沼名津季(すがぬま なつき)代表取締役 略歴
1989年名古屋生まれ。名古屋大学大学院 創薬科学研究科卒業後、江崎グリコ㈱に研究員として入社。腸内フローラや発酵食等の研究を行う。
経産省のビジコン「始動」でファイナリスト受賞。LED関西でファイナリスト受賞。オンライン診療のベンチャーで勤務の後、2020年に起業。
慶應義塾大学薬学部助教。
■マタニティフローラルに特化
生態会 西山(以下、西山):本日はお時間いただきありがとうございます。まずは菅沼さんのご経歴と起業までの流れを教えていただけますか。
株式会社bacterico 菅沼代表取締役(以下、菅沼): もともとは研究職として「世界の人を健康にしたい」と思っていて起業意欲はありませんでした。
高校生の頃、なんとなくお医者さんに興味があり病院に実習に行ったところ、病室で40代くらいの若い男性が亡くなっていて奥さんとこどもがわんわん泣いているのを見たんです。
それをきっかけに「治療も大切だけれど、そもそも予防が大事だ」と強く思い、予防医学の研究をはじめました。名古屋大学の生命科学科に進学し、大学院は薬学部に進む中で、食べもの口に入れるものからしか病気の予防ができない事に気づきました。そしてグリコーゲンをキャラメルに入れる予防栄養菓子を作った江崎グリコの企業理念に賛同し、入社しました。
グリコでは、たまたま腸内細菌の研究に配属されました。当時腸内細菌が研究業界では注目され始めていました。そこで、腸からのアプローチで人を健康にする研究をしていました。その中で腸内細菌がうつ病やがんやアレルギー、肥満などのありとあらゆる病気に関わっていることを知り、万病の元は腸から来ていることを学びました。
西山:うつ病などの精神疾患と腸内環境が関係あるんですか!
菅沼:そうなんです。最近では、精神疾患の治療法として腸内細菌の移植などもあるようです。例えば、日本人の死因で最も多いと言われているガンも、部位によっては先天的な遺伝子変異よりも生活週間のほうが影響が大きいと言われているくらい、生活習慣の基礎である食べ物は大事なんです。
実際に研究をする中で、腸内環境を改善するためには、ひとりひとりにあったものを提案することが大事だということが分かってきました。
もともと代々自営業の家に育ち、自分で事業を行うことがいか大変かわかっていたので、大企業で安定した生活を送りたいと考えていたのですが、どうしてもひとりひとりに合ったサービスを届けたい、という思いから経産省とJETROが主催するイノベーター育成プログラム「始動」に参加しファイナリストに選んでいただくことができました。
自分が作りたい事業は、1億人いたら1億パターンのオーダーメイドサービスを届けるもの。既存メーカーの多くの方に安価で質の良い商品を安定供給する事業とは方向性が異なっていたため、お世話になったグリコを退職し、1から自分で創ることを決意しました。
その後オンライン診察サービスを提供している、株式会社ネクイノという医療スタートアップに入り、フェムテック分野での新規事業を手掛けました。研究者がベンチャーの世界で生きていけるのを確認しつつ、新規事業のイロハを学ばせていただきました。
ベンチャーの世界は大変だけどやりがいがあって面白いと思えたこともあり、株式会社bactericoを2020年11月に創業しました。
エビデンスベースのサービスを届けるために 現在は慶應義塾大学で妊婦さんの健康や腸内細菌の個別化をテーマにして研究をしつつ教員としても勤務しています。
■1年間で10人以上メンバーが集まる
ライター八木(以下、八木):事業メンバーや経営に関してお話を聞かせてください。
菅沼: 現在は私と役員がもう1名、業務委託の他にプロボノが10数人います。お医者さんから管理栄養士まで、ヘルスケアに関する専門性を持っているメンバーで構成されています。基本的にはオンラインでのやり取りで、子育て中のママさんもいるので、メンバーは自由な時間に好きな場所で働けるようにしています
大学生のインターンの方にも入ってもらっています。コロナでリアルな活動の場が減っており、就職活動で書く内容がないという相談もうけていたので、実際に活動できる場を提供すると喜んでもらえます。
2021年12月1-12日にパナソニックセンター大阪で開催した「あるままフェス」などのイベントでは、大学生の方がリーダーになってプロジェクトを進めてもらいました。
八木:ボランティアが1年で、10人以上集まるのはすごい求心力ですね。
菅沼:ありがたいですね。「ベンチャーはお金でついてくる人はいずれ離れる」と先輩経営者からアドバイスを頂いていたので、想いに共感してついてきてくれている、いまのメンバーには本当に感謝しています。
八木:経営面はいかがですか?
菅沼:研究職でやっていなかった、ファイナンスは苦労しています(笑)ファイナンスも強力なメンバーが入ってくれているので助かっています。 HPなども自社内でできてるのでクイックに更新ができたりと、多彩なメンバーに助けられています
セミナーやイベントにも精力的に登壇
■まずはあかちゃんと妊婦を健康にしたい
八木:世界中の人々を健康にしたい、という思いが原動力のようですが、産前産後のサービスにいたるまではどのような経緯があったのですか??
菅沼:あらゆる人の腸内細菌のパーソナル化が最後の目標ですが、その前にいまできることとして産前産後のサービスに今は注力しています。
産前産後の妊婦さんはうつ病になるかたが多く、産後1年の死因の1位は自殺と社会問題になっています。パイは小さくて大企業がなかなか手をつけられないけれど、社会的に大きな意義がある分野に絞りました。
妊婦さんが元気で元気なあかちゃんを出産できれば、家族にとっても喜んでもらえるだけでなく、日本の未来にとっても良い影響をもたらせると考えています。
ポツポツが大きいのがビフィズス菌
■妊婦さんの腸内環境が、こどもの病気に関係する
菅沼:あまり知られていないのですが産道を通る際に、お母さんの腸内細菌をあかちゃんが受け継ぎます。妊婦さんの腸内環境が、妊娠糖尿病など自分の健康に影響するだけでなく、早産や流産、肥満など、子供の健康にも影響することが近年の研究で明らかになってきています。腸内環境を整えることでリスクを減らすお手伝いをしていきたいと思っています。
八木:妊婦さんの腸内環境がこどもの将来の健康状態につながるんですか!確かにこの情報は一般的に浸透していないですね。
菅沼:そうなんです。研究は進んできていますが、まだ一般には広まっていません。医療トラブルになりやすいなどハイリスクである点から、妊婦さん向けのサービスってハードルが高いんです。
生まれたあかちゃんの腸内細菌を調べることもあります。例えば自閉症のあかちゃんはそうでないあかちゃんよりも善玉菌の一種が少ないことが分かってきています。早い段階で腸内環境を整えることができれば、重度から軽度まで改善するという研究結果も出ているんです。
まずは妊婦さんをサポートして、元気なあかちゃんを。そして自閉症など何か症状があった場合は、いかに改善していくかが大事だと考えています。
八木:驚くことばかりです...この話は知られていないので啓蒙が必要ですね。
菅沼:腸内細菌の分野って奥が深いんです。妊婦さんに腸や、腸を整える食生活などの重要性をしっていただき、実践してもらいたいなと思っています。発酵食を食べたり食物繊維を意識して取ったり。その人の腸に合わせた食をとってもらえるといいなと思ってアドバイスをしています。
こういった情報を一般の方にわかりやすく、広く伝えるのが本当に難しくて、手探りで地道に進めている状況です。セミナーやイベントをやったり記事を書いています。また企業さんとコラボして腸活ドリンクや腸活おやつを作って提供し、腸活を身近に感じてもらったりしています。
■これから日本が誇れるものは食
八木:腸内環境改善の発酵食といえば納豆や味噌のような日本食のイメージがありますね。
菅沼:そうですね。 これから日本が世界で戦っていけるものは食だと思っています。実際世界で最も長寿ですし、長寿を支える味噌や納豆などの発酵食は誇れる存在です。腸を整える食品としても、オススメしていきたいですね。
八木:最後に、関西で戦うメリットはありますか?
菅沼:関西は人が温かく、想いを持った人を応援してくださる方が多いので、駆け出しのスタートアップにはありがたい環境だと思います。
八木:本日は貴重なお話を本当にありがとうございました!
取材を終えて:妊婦さんやこどもの腸内細菌へのアプローチで将来の未病を目指すという大変ユニークなスタートアップであり、社会的意義の高いスタートアップです。女性研究者の代表取締役社長という点からも大変貴重な存在で、理系の女性にとって憧れの存在となっている様子も伺われました。こどもを持つ身としても応援していきたいと思える会社です。(ライター八木)
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