関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家。今回は、薬剤師としての高い専門知識とITの力で、手軽で高度な医療を実現するプラットフォーム作りをスタートしている、株式会社MediFrame 代表取締役、和田敦(わだ あつし)さんにお話をお聞きしました。
取材・レポート:西山裕子(生態会事務局長)・ミズノユキ(社会人インターン)
和田敦 代表取締役 略歴
神戸薬科大学大学院修了後(2002年)、神戸大学医学部付属病院の病院薬剤師として製剤室長、薬品管理室長、化学療法管理室長を歴任。「がん専門薬剤師」資格を、制度設立当初に取得し(2007年)、現在、上級資格のがん専門指導薬剤師(認定者235名、兵庫県内9名。2020年1月現在)。2013年、薬剤部主任薬剤師として神戸低侵襲がん医療センターの立ち上げに関わり、治験・臨床研究支援センター副センター長を兼務。2017年10月、株式会社MeadiFrameを設立。
日本臨床腫瘍薬学会(立ち上げメンバー、2019年まで理事。現広報出版委員)、日本在宅薬学会(評議員、委員長歴任)所属。2011年より、武庫川女子大学薬学部非常勤講師。
生態会 西山(以下、西山):本日はお時間いただき、ありがとうございます。最初に、株式会社MediFrameをご紹介くださった、The DECK株式会社代表・森澤友和さんからお聞かせください。
The DECK 森澤代表(以下、森澤):今回推薦させていただいた和田さんは、3年前にMediFrameを立ち上げ、薬剤師として温めてこられたアイデアを具体的に前に進めようとされています。The DECKとして、ビジネス面のブラッシュアップなどのサポートをしています。
西山:和田さんが事業を立ち上げた、背景は何でしょうか?
株式会社MediFrame代表取締役 和田氏(以下、和田):私は長年、病院薬剤師をしており、専門は「がん専門薬剤師」です。これまで「地域医療として、がん医療を実際の患者さんにどう届けていくのか」を、学会などを通じて発表していましたが、なかなかうまくいかない、と感じていました。
医療に関して現在、深刻な問題が2つあります。1つ目は、少子高齢化と働き方改革です。日本では、人口当たりの医師数がOECD平均の3分の1しかおらず、長時間労働も問題になり、現場の医師が不足しています。2つ目は薬の専門化です。「新薬の30%は抗がん剤、45%は希少疾患の薬」ですが、患者数が少なく、医師自身も習っていない薬がどんどん出てきています。医師は、薬の情報にどう追いつくかが課題です。国の方針では、「かかりつけ医」「かかりつけ薬剤師」が一人の患者さんの一生を見よう、となっていますが、専門の薬は患者さんが少なく経験を積むのは難しい。医師も困っています。どうにかできないか、と考えていました。
西山:確かに問題ですね。このままだと、日本の医療の質が低下していた、なんてことが考えられますね。
和田:そうなのです。でもこの問題は、「薬局や薬剤師が解決できる」と考えています。日本の薬剤師数はとても多く、OECD平均の2.25倍。薬局も約6万軒あり、コンビニよりも多いのです。
ミズノ:へぇー、そうなのですか!
和田:更に言えば、国は社会保障費抑制のために、外来治療・在宅治療を進めたいと考えています。が、人材が足りません。そこを薬剤師が活躍する場にして、薬をちゃんと使ってもらい、質の高い医療を患者が当たり前に受けられる、社会のインフラとなるサービスを作りたいのです。
西山:壮大な計画ですね!具体的にどのようなサービスをお考えですか?
和田:薬剤師が処方箋を受け取り入力すると、クラウドに蓄積された製薬企業のエビデンスのある情報や知見、患者用の資料が確認できるプラットフォームの構築です。患者ごとの情報も蓄積されるので、医師や病院と最適な治療の手がかりが得られます。患者も怪しげな健康食品やクリニックに誘導されにくくなり、服薬や治療に対する不安感も軽減できます。
ミズノ:私には幼い子どもが二人いて、診療の後に別の薬局に行き、お薬の処方を待ち、説明を受けるのは、面倒だなと思うことがあります。
和田:そうなのです(苦笑)。日本では薬剤師は十分に評価されていると言えないし、専門知識も活かしきれていません。現在日本で処方できる薬は1万4千種ほどですが、薬局に常備されているのは1〜2千種。それ以外の薬が処方されると、その情報を調べるだけでも、すごく時間がかかります。患者はずいぶん待たされたのに、「医院と変わらない、一般的な説明をもう一度聞かされるだけ」ということが結構あると思います。弊社のサービスを通じて、患者の見えないところでの「医療の質向上」を支えたいと考えています。
西山:「電子お薬手帳」など、世の中にはすでに似たサービスもあると思うのですが、違いはなんですか。
和田:「治療をよくする」を主目的に、全ての病域について、製薬企業の開発から販売までの蓄積情報、専門医の知見も含む最新で専門性の高い情報を備えること、全マスターの更新も不要という点です。そこが強みです。
西山:ビジネスモデルとしては、薬局を顧客とする、B-to-Bでしょうか。
和田:製薬企業からシステム利用料をいただき、調剤薬局にはランニングコストの部分を負担してもらえたら、と考えています。
西山:製薬企業のメリットは、なんですか。
和田:製薬企業は、ペイシェントセントリック(患者さん中心の医療)をしなければならない、というのが今のグローバルな動向です。オーファン・ドラッグ(希少疾病用医薬品)と抗がん剤が増えて、数を売って稼げる商売では無くなっています。また、薬価が上がっており、一つの薬を長く使ってもらうことで収益をあげる構造に変化しています。製薬企業は、患者さんに直接関わりたいという気持ちもあります。MR(medical representative/医療情報担当者)の仕事も軽減でき、薬の副作用やそれに対する処方変化などのデータは、マーケティングにも活用できます。
西山:市場規模は、どのくらいとお考えですか。
和田:製薬企業のマーケティング市場と調剤薬局向けシステムの市場規模を合わせると、5,000億円くらいです。弊社はその2%(100億円)くらいのシェアは取れると考えています。関係者からは、良いリアクションをいただいています。例えば、薬剤師会の会長、製薬企業本社の中枢からです。学会や行政と強いパイプを持つ方、大阪で地域連携カルテ推進の中心を担う方などの協力もいただいています。
西山:創業して3年目ですが、これまではどんなことをされてきたのですか。
和田:湯山製作所(調剤薬局の機械を作る会社、この分野の日本トップ)の顧問薬剤師として契約し、国内外の情報収集を行なってきました。その経験もあり、この事業が必要であるとの思いが強くなりました。また、2019年末に薬機法等制度改正があり、2020年9月1日から調剤報酬が改定されました。大きな変化は、「薬剤師が必要な患者さんに、診療と診療の間に電話などで必要な服薬情報、副作用、効果などの確認や服薬指導を行う」ことで、これに保険点数がつくようになりました。しかし、薬局は数十年、患者さんが持ってきた処方箋ありきの業務を行なってきたので、新しい取り組みに対応するフローもシステムもない状態です。このままでは、法改正で仕組みができても、中身がスカスカとなり「やはり薬局って使い物にならないよね」になってしまいます。
西山:薬局から患者への診療間の電話指導は、どんな症状でも必要なのですか。
和田:点数がつくようになったのは、ガンと糖尿病、吸入指導(喘息など)です。特に、国はガン治療を重要視しています。抗がん剤は副作用が必ず起きるので、そのマネージメントが必要、との考えです。
西山:これは高度な医療機関、例えば病院の院内薬局が使うイメージですか。
和田:実はもう一つ法改正があり、来年8月から、専門薬局制度が施行されます。ガンの認定薬剤師がいる薬局が認可されます。これに向けて今、薬局が色々動いているところです。ニュースにもなっていますが、病院が敷地内薬局と連携し、高度医療を進める動きになってきたので、そこにまずノウハウを提供しようと考えています。国全体として、高度な治療を受ける外来患者さんに薬局を活用しようとしているので、弊社のサービスは必要されるはずです。法改正に合わせたシステム作りは、製薬企業はあまりコミットしていない。また、ITのベンチャーは多いですが、IT技術だけではなく専門性や信頼関係が重要です。弊社は実務のノウハウ・経験・人脈を持っているので、そこを生かして、ITと現場の良いところをつなぎ、薬局と患者をつなげる、そこに商機を見いだしています。
ミズノ:御社のシステムは、都市部よりも離島などの僻地でより役に立つのではないかと思いますが、いかがでしょうか?
和田:オンライン診療やオンライン服薬指導は、すでにでき始めています。また、処方された薬を、宅配業者が患者の自宅に運べるようになって来ています。ただ、薬は「物」として患者に届けることができても、適切な情報がないと良い効果が出ないものです。今はその環境がないので、そこをなんとかしたいと思っています。
ミズノ:このシステムを通じて、患者はどこに住んでいても、当たり前に質の高い医療を受けられる環境が整ってくるということなのですね。
和田:そうです。特にガンは、使える薬が決まっていて、その3、4種類の薬をうまく繋いで、副作用を抑えながら、どこまで長く効かせるか管理が大切。医療者の知識によって、効果が変わります。そこがきちんとできると治療の質も、薬の価値も上がります。そのためにも、開発を進め、社会のインフラとしていきたいと思っています。
(取材を終えて)「薬剤師と薬の価値を高めたい」「患者の治療に、もっと貢献したい」という熱い想いが、和田さんの穏やかで丁寧な口調の中から、強く感じられました。私の身近にも、薬剤師を目指す学生や、薬剤師として活躍する女性たちがいます。このシステムを通じて、「ただ便利になる」だけでなく、優秀で誠実な彼女たちの力が大いに活かされそうです。また、遠方に暮らす高齢の母、幼い子供達、自分にとって、質の高い医療を補償するインフラが整うことにも、ワクワクします。
こんな夢のあるお話を、日本屈指の「くすりの街」大阪・道修町のすぐ近くで聞けたことは、素晴らしい経験でした。実現を、心より楽しみにしています(社会人インターン・ミズノ)。
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