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  • 執筆者の写真森令子

オール京都で研究開発、ものづくりの事業化を支援:中小機構 京大桂ベンチャープラザ北館 南館

更新日:2023年10月12日

生態会は、関西の起業コミュニティの活性化を目指して活動しています。コミュニティの中には、スタートアップに加え、支援機関、投資家、専門家などがいらっしゃいます。


今回は、独立行政法人 中小企業基盤整備機構(以下、中小機構)が、京都府・京都市と連携し整備・運営を行うビジネス・インキュベーション施設「京大桂ベンチャープラザ北館 南館」のビジネス・インキュベーション・コーディネーター松井 順平氏、チーフインキュベーション・マネージャー阿部 弘光氏にお話を伺いました。

取材・レポート:垣端たくみ(生態会事務局)、森令子(ライター)

 

研究開発に適した施設・設備、支援専門家によるサポートが充実


生態会:本日はお時間いただきありがとうございます。「京大桂ベンチャープラザ」について、施設の概要や特徴を教えてください。


京大桂ベンチャープラザ 松井氏(以下、松井):中小機構は、国の中小企業政策の中核的な実施機関として様々な施策を行なっており、そのなかの一つが全国29拠点で展開しているインキュベーション事業です。京都市内にはここ「京大桂ベンチャープラザ」の北館と南館、「クリエイション・コア京都御車」の3拠点があります。当館は京都大学桂キャンパス隣の新産業拠点「桂イノベーションパーク」(工業団地)で2004年に北館、2006年に南館が事業を開始し、これまでに130以上の企業・個人の事業者が卒業しています。

 中小機構のインキュベーション事業では、適した事業スペースを提供するハード支援に加え、支援専門家によるソフト支援も注力しています。詳しくは、チーフインキュベーション・マネージャー阿部からご説明します。



京大桂ベンチャープラザ 阿部氏(以下、阿部):特徴の1つ目は、研究開発に適した施設・設備です。スモールオフィスタイプの居室も一部ありますが、ほとんどが、実験やものづくりに適した「実験室・研究室・オフィスタイプ」で、物理・化学実験ができるウェットラボ仕様、単相・三相電源、大重量の装置搬入にも耐えうる耐床荷重などが特徴です。また、屋外倉庫(少量危険物取扱可/有料)、機器搬入用屋外デッキ、中和処理設備なども研究開発型企業に喜ばれています。

写真左:実験室・研究室・オフィスタイプ(南館)、右:スモールオフィスタイプ(北館)


生態会:充実した設備は、起業初期のスタートアップにとって非常にありがたいですね。


”オール京都”での支援、京都市からの手厚い賃料補助も!


阿部:2つ目の特徴は、”オール京都”での支援体制です。元々、京都府・京都市の要請により事業がスタートしており、京都府・京都市はもちろん、京都産業21、京都高度技術研究所(ASTEM)、京都知恵産業創造の森など京都の公的支援機関、JETROやNEDO、日本政策金融公庫など全国的な支援機関と常に連携しています。上記に加えて中小機構の独自の支援メニューやインキュベーションマネージャー(支援専門家)が保有するネットワークを駆使して、入居企業の様々な課題の解決に向けて支援しています。


また京都の各大学との連携もあります。特に京都大学とは合意書を交わしており、当館に入居する企業は京大教員などによる技術指導や共同研究、京大の研究に関する情報提供などを受けることが可能です。隣接建屋に京都大学大学院工学研究科の支援窓口があり、インキュベーションマネージャーが連携をアシストしながら、入居企業の行う研究開発活動をサポートしています。


写真左:「京大桂ベンチャープラザ」北館の正面玄関、写真右:隣接する「京都大学工学研究科イノベーションプラザ」外観。取材日は桜満開でした!


さらに全国的に見ても手厚い支援として、京都市からの賃料補助があります。補助対象は中小企業ですが、大学発ベンチャーや、京都市による「目利きAランク」や「オスカー」の認定を受けている企業はさらに大きな補助を受けることができ、起業直後の資金負担が軽減できることにより非常に喜ばれています。


生態会:”オール京都”とは力強い支援ですね。支援専門家の皆さんの存在も頼りになりますね。


8名体制の支援スタッフが、幅広い相談に対応


阿部:はい、京大桂ベンチャープラザでは8名のスタッフで支援活動を行なっています。入居企業が安心して研究開発活動をできるように、施設を家主として提供する(ハード支援)だけでなく、入居企業が課題とする資金調達、販路拡大、広報、技術相談など多岐に渡る支援ニーズに対応しています(ソフト支援)。例えば資金の相談なら補助金や出資先(ベンチャーキャピタル)を紹介したり、海外展開ならJETROなどを紹介するというように、インキュベーションマネージャー自ら対応できないような相談であっても、解決してくれる他の支援機関を探し入居企業の課題解決に貢献しています。


チーフインキュベーション・マネージャー 阿部 弘光氏

入居企業の紹介された新聞記事の数々。広報支援もおこなっているそう

一例ですが、私は企業で半導体の研究開発をするなど、事業開発についての専門性がありますが、入居企業のビジネス分野は幅広く、事業経験のない業界課題も数多くあります。入居企業としっかりコミュニケーションできるよう、日頃から多様な先端情報をキャッチアップし、連携すべき支援機関や専門家をリサーチするなど心がけています。


生態会:入居企業の特徴や、入居条件を教えてください。


阿部:当館への入居対象は、研究開発型の企業となっています。製品でもサービスでも事業化目的で研究開発していれば、スタートアップに限らず、新規事業開発を行う大企業や中小企業、さらには企業を目指す個人でも入居することが可能です。しかし研究開発を伴わない事務所としての利用などは対象外です。卒業を前提としたインキュベーション施設なので入居年数には限りがあり、原則5年となっています。


ここ数年、入居希望の企業は増加傾向で、直近1年の入居率は90%を超えています。特に最近は京都大学発ベンチャーなどの入居事例が多く、将来が非常に楽しみです。


最近目立つのはライフサイエンス・バイオ分野の企業で、現在はマイキャン・テクノロジーズ(株)や(株)キノファーマなどが入居しています。同じく中小機構が運営する「クリエイション・コア京都御車」は京大医学部に近いこともあり、ライフサイエンス・バイオ系企業が入居企業のほとんどを占め、常に100%に近い入居率です。


そのほか(株)Space Power Technologies(日本初のワイヤレス電力伝送WPT製品開発)、(株)Eイーサーモジェンテック(工場排熱を活用した発電事業の開発)などのエネルギー分野、Symbiobe(株)などの材料・マテリアル分野も注目を集めています。その他、IoTや機械など様々な分野の企業が入居しています。


生態会:これまでの入居企業のなかで、大きく成長した事例を教えてください。


阿部:酸化ガリウムを用いた次世代パワーデバイスを開発する(株)FLOSFIAは、大きく成長していますね。2〜3名のチームの頃に入居し、現在は「桂イノベーションパーク」内の3階建工場(「京大桂ベンチャープラザ」隣の建屋)に移転し成長を続けています。京都大学発の注目スタートアップとして累計で約42億円の資金を調達、世界初の最先端半導体の実用化にむけ注目されています。


(株)ツー・ナイン・ジャパンは、同社の新規事業の開発のために入居されました。製薬メーカーが利用する打錠用の金型製造の研究開発を進め、現在は、園部など京都府内に複数の事業所を有する事業に成長しています。


卒業企業の移転先不足!研究開発企業のインキュベーションの大きな課題


生態会:多様な企業がここで生まれ、成長しているんですね。支援を進める中で課題に感じることはありますか?


阿部:日々感じているのは、ソフト支援は各支援機関の活動により充実しつつありますが、研究開発型企業が大きく成長するため必要不可欠なハードが京都に不足しているということです。我々だけの課題ではなく、もっと大きな問題ですね。


京都市には、中小機構が運営する当館や「クリエイションコア京都御車」、ASTEMが運営する「ACT京都(京都市産業創造センター)」などのインキュベーション施設があり、スタートアップ企業が研究開発やものづくりを進めていますが、事業の進展に伴いインキュベーション施設を卒業して次のフェーズに進もうとする企業はどこも「次のフェーズの研究・実験・試作が実現できる移転先がない」という問題に直面しています。当館でも、京都市による手厚い賃料補助などの支援を受け、京都で成長したいと思う企業は多いですが、卒業する際にスタートアップ企業に適した用地・建物がなく、やむをえず他のインキュベーション施設に移転したり、場合によっては京都を離れて他の都市で事業を継続する場合もあります。


生態会:ハード不足で、意に沿わず京都を離れるとは残念なことですね!


松井:そうですね。右肩上がりでスケールアップしている企業ほど移転先を見つけるのが難しく、想定よりスケールダウンして事業継続する例もあります。京都府・京都市とも課題は認識し危機感を持っておられますが、事業用地・建物には様々な制約条件があり、特に研究開発型の企業には特有の課題があります。私は工業用地造成などに長く関わってきたので、ものづくり企業・研究開発企業にとってのハードの課題は数多く見てきました。


例えばバイオ系企業が移転先を探しているとします。遺伝子組換え実験には危険度によりP1〜P4までレベルがあり、それぞれに施設・設備の厳格な基準があります。当館はP2までの実験ができる数少ない施設ではありますが、P3以上の実験はできません。一般に、都市部や共有施設ではリスクの高い研究開発は難しく、郊外であっても様々な配慮が必要です。工業団地など適した用地があっても、インキュベーション施設を卒業したばかりのスタートアップ企業にとって、自社工場の建設は非常に大きな投資です。


先ほどご紹介したFLOSFIAやツー・ナイン・ジャパンは、自ら事業用不動産を入手したり建設したりして、京都で事業をスケールアップしていますが、インキュベーション施設を卒業した時にそこまで出来るのは、ほんの一握りの企業しかいないでしょう。


阿部:当館の入居企業は研究開発・ものづくりなど事業化に向けて多くのスペースが必要になります。IT系のスタートアップ企業とは大きく異なる点です。


京都では、研究開発が可能なインキュベーション施設2〜3か所に入居しつつ、10〜15年の間、事業を進める場合もあります。十分な期間にも思えますが、例えば、ライフサイエンス・バイオ系企業では、治験など含め事業化まで20年かかることもありますよね。インキュベーション施設での研究開発を「ホップ」とすると自社で研究開発に適した事業用不動産を取得するのは「ジャンプ」のフェーズだと思います。「ジャンプ」フェーズへの移行には多くの資金が必要です。その一歩前、いわば「ステップ」フェーズに該当するハードが必要とされていますが、それがなかなか見当たりません。


研究開発型企業の成長について、個々の事業者の努力に委ねるだけでなく我々公的機関側としてもう少し大きな視点でグランドデザインを描くことも必要です。これはとても難しい問題ですが、京都全体で考えていけるよう問題提起をしていければと思っています。


生態会:支援の最前線で直面される課題をお聞きでき、大変勉強になりました。生態会も一緒に考えていければと思います。また、注目スタートアップとしての情報発信や、生態会のコミュニティを活用したマッチングなど、入居企業支援の一助となれるよう、生態会としても連携を深めていきたいです。本日はありがとうございました。



 

取材を終えて:ハード・ソフト両面の支援、そして、強力なサポートネットワーク体制など、公的機関である中小機構ならではの充実したインキュベーション施設であることがよくわかりました。また、研究開発型スタートアップの成長にとって、事業フェーズに見合った設備・施設の選定が重要であることなど学びも多い取材となりました。(森令子/ライター)



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