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大学発SUと企業をつなぐKSIIに聞く“関西の独自モデル”とは?

  • 執筆者の写真: 大洞 静枝
    大洞 静枝
  • 10月17日
  • 読了時間: 11分
大阪・関西万博の会場内写真

大学発スタートアップの社会実装を目指し、関西2府4県の31大学と産業界との橋渡しを担う「KSII(関西イノベーションイニシアティブ)」。公益財団法人都市活力研究所が2020年9月に、経済産業省の産学融合先導モデル拠点創出プログラム(J-NEXUS)に採択されて始まったプロジェクトだ。2024年度末で経済産業省による当初の補助期間を終え、2025年度からは自走化している。今や大学、企業、金融機関を巻き込んだ関西独自のエコシステムへと進化しつつあるKSII。事業リーダー 主席研究員 廣谷 大地氏と、エリアコーディネーター 研究員 井上 利更氏に話を伺った。


取材レポート 垣端たくみ(事務局)、大洞静枝(事務局/ライター)


※この記事は関西スタートアップレポート第23号(2025年7月発刊)を再編集したものです。


KSII 事業リーダー 主席研究員 廣谷 大地(ひろや だいち)氏

大学卒業後、日本生命保険相互会社に入社。企業年金等の法人向け保険サービス部門に11年間従事。2022年4月、関西イノベーションイニシアティブ(KSII)の代表幹事機関である公益財団法人都市活力研究所に入社しKSIIに参画。KSII事業全般の企画、参画機関・地域との共同プロジェクトの組成、事業会社と大学発スタートアップのマッチング等を担当。北海道出身。


KSII エリアコーディネーター 研究員 井上 利更(いのうえ りさ)氏

大学卒業後、特許事務所や電器メーカーなどを経て国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)に入構。大学等の研究成果の知財化・実用化に関する支援や産学連携プログラムの運営等に従事。2021年6月よりKSIIに参画し、大学や大学発スタートアップを中心に多種多様な方々とイノベーションエコシステムの構築を目指して活動中。大阪市出身。



産学融合を支える架け橋として


事務局垣端(以下、垣端):本日はどうもありがとうございます。KSIIさんは、大学発スタートアップ創出に向けて産業界や金融機関、行政と連携し、両者の橋渡し役をされていますが、普段はどのような活動をされているのでしょうか?


主催イベント「京阪神三都X」の様子
主催イベント「京阪神三都X」の様子

事業リーダー 主席研究員 廣谷 大地氏(以下、廣谷氏)私たちは大学発スタートアップや大学の研究成果の社会実装を軸に活動しており、経産省が掲げる産学融合の方針に基づき、より本質的な取り組みを目指しています。具体的には、産業界とのマッチングや、金融機関を通じた産業界へのアプローチなど、産業界との接続を強く意識した活動をしています。現在では関西の31大学・高専にご参画いただいています。


また、ピッチイベントの開催やマッチング支援に加え、個別面談の設定やニーズのヒアリングなど、日常的に支援を行っています。これまでに産業界とのマッチング事例は数百件にのぼり、業務提携、共同開発、出資、人材交流など、多様な成果が生まれています。


事務局大洞(以下、大洞):マッチング事例が数百件とは驚きです。経産省の令和6年度の統計では年々、大学発スタートアップは増えており、過去最高を記録しています。増加の背景は何にあるとお考えですか?


*2 表1は、経済産業省「令和6年度技術開発調査等推進事業大学発ベンチャーの実態などに関する調査」2025年3月より、生態会で作成。*3 東京工業大学と東京医科歯科大学の統合により2024年に設立。
*2 表1は、経済産業省「令和6年度技術開発調査等推進事業大学発ベンチャーの実態などに関する調査」2025年3月より、生態会で作成。*3 東京工業大学と東京医科歯科大学の統合により2024年に設立。

  

エリアコーディネーター 研究員 井上 利更氏(以下、井上氏):2004年に国立大学が法人化した後の2004年〜2005年ごろに第1次の大学発スタートアップブームがあり、2010年代に入ってからは、JSTや経済産業省による大学発スタートアップ創出プログラムが本格化し、追い風となりました。このような流れを受けて、今は第3次ブームのような状況にあると感じています。


大洞:起業環境は大学によって違いますか


井上氏:起業しやすい環境を整えているかどうかは大学によって違いがあります。経営層が強い意識を持ってスタートアップ創出数の目標を掲げ、支援部門を設けて専任の人材を配置している大学もあります。

参画大学連絡会の様子
参画大学連絡会の様子

一方で、大学の産学連携部門で技術移転や知的財産を担当していた方が、その延長線上で大学発スタートアップ、起業支援を担当するケースも多く見られます。一概には言えませんが、スタートアップの実情に詳しい方や、起業支援の実務経験がある方が専門的に関わっている大学は、スタートアップ創出数が伸びている印象があります。


また、学内規程の整備状況や教員がCEOになれるか否かといったルールについても、大学によって差異があります。


大学間の横のつながりで知見を共有


垣端:KSIIさんは大学とのつながりも持たれているかと思いますが、大学同士がつながる交流の場はあるのでしょうか?


井上氏:今年4月から、大学同士が交流し、情報共有できる場を設けました。3カ月に1回のペースで開催を予定しており、初回は5月30日に梅田で実施し、23大学から46名が参加しました。各大学でもインキュベーション施設やオープンイノベーション拠点が整備されつつあるので、そうした施設を巡りながら、連携を深めていきたいと考えています。


垣端:将来的にはどのような機能を持たせていく予定でしょうか?


エリアコーディネーター 研究員 井上 利更氏
エリアコーディネーター 研究員 井上 利更氏

井上氏:将来的には、この大学間ネットワークに企業や公的機関も加わり、情報発信やマッチングの場として機能する連携会のようなものができればと構想しています。


たとえば、立命館大学や近畿大学など、スタートアップ育成に積極的に取り組んでいる大学の事例を、他の大学が気軽に知ることができるような場があると、とても有益だと思います。各大学の強みや知見を共有し合い、困ったときに相談できるような関係性が築かれていくことを期待しています。


EIR制度が切り拓く、大学発スタートアップの新しい創業モデル


大洞:大学発スタートアップのCxO人材不足を解決するために、EIR(Entrepreneur in Residence)制度が注目されています。関西の大学ではどのように活用されていますか?


廣谷氏:EIRは、VCや事業会社が給料を支払いながら起業経験や経営スキルを持つ客員起業家を雇って、1〜2年かけて準備を整えながら事業化を進める仕組みです。EIR制度に関わらず、外部から経営人材を招いて、大学発スタートアップを教員と一緒に立ち上げるという動きは、この2〜3年でかなり進んでいると感じています。


事業リーダー 主席研究員 廣谷 大地氏
事業リーダー 主席研究員 廣谷 大地氏

例えば、京都大学イノベーションキャピタル株式会社(以下、iCAP)の客員起業家プログラム「EIR-iCAP」があります。1~2 年間でさまざまな研究者と会って研究シーズを探し、自ら起業したいテーマを見つけて起業します。


2024年4月には第1号となるライノフラックス株式会社が誕生し、それに続く創業実績も出ています。量産型ではなく、限られた客員起業家がしっかりと準備期間を持ち、各々のビジネスチャンスをつかむことができる仕組みになっています。大阪大学や神戸大学でも同様の動きが見られます。


大洞:大学発スタートアップと親和性がある人材が配置されることで、CxO人材のマッチング成功率は高まりそうですね。


廣谷氏: この制度の特徴は、EIRが大学の研究者と日常的に接点を持ち、EIRにとって「自分がコミットできるテーマ」を見つけて起業できる点にあると考えています。人材紹介会社や他のプラットフォームによるCxO人材のマッチングと比べると、人材(EIR)が選抜型であり、EIRが幅広いシーズを探索できる期間があるという点で、成功率が高まることが期待されます。


とはいえ、EIRを大量に雇用することは現実的ではないため、CxO人材不足をマクロ的に解決するには、他にもいろいろな仕組みを導入していく必要があると思っています。


CxO人材不足をマクロ的に解決するために


大洞:CxO人材不足を解決するために、KSIIさんが取り組まれていることはありますか?


廣谷氏: 私たちは昨年、NEDOの「大学発スタートアップにおける経営人材確保支援事業(MPM)」に取り組みました。MPMは、大学発スタートアップの経営人材をマッチング等で確保し、研究開発型スタートアップの創業や成長を支援するという事業です。プロフェッショナル人材事業を行う株式会社みらいワークスと連携して採択を受け、副業・兼業での経営参画を可能にすることを前提に、人材のマッチングを行いました。


私たちは経産省の掲げる産学融合を目指して活動しており、産業界出身の副業・兼業人材が大学発スタートアップに関わるという点で、MPMでのみらいワークスさんとの連携は非常に意義のあるものだと考えています。副業・兼業人材がいきなりフルコミットするのではなく、半年間、社会人インターンとして経営参画する中で相互の理解を深めることを重視し、第1期では約10件のマッチングを行いました。


出典:KSII資料
出典:KSII資料

大洞:成果はどうでしたか?


廣谷氏:まだ半年間の経営参画期間が終了しておらず、振り返りはこれからですが、マッチングが成立し経営参画準備が進んでいる現状だけを見ても、意義のある取り組みだと感じています。採択期間中はMPMの仕組みで経営候補人材への謝金が支払われるようにしていますが、NEDOの支援が終了した後に、これらの人材が本格的にチームへ参画するかどうかが今後の重要なポイントとなります。動向を引き続き注視していきたいと考えています。


MPMには2023年度から3年間で、VCや人材会社を中心に20社以上が採択されています。採択される企業の業種や強みが多様であることから、さまざまなスキームのMPMが生まれています。こうした事例の蓄積は、どのような類型がマッチングに適しているかを見極める上でも貴重な知見になるはずです。


今必要なのは、個別の伴走支援


垣端:関西でのスタートアップ支援が充実してきた印象があります。今後はどのような支援が必要と考えられていますか?


廣谷氏: 2020年9月にKSIIが採択された経済産業省のJ-NEXUSは、今年3月で5年間の実施期間が終了しました。4月以降はJ-NEXUS自走化型に新たに採択されています。この4年半で支援の基盤が整ったことは大きな成果であり、今後は、より個別性の高いプロジェクトにも注力していく方針です。


その一例として、 MUIC Kansai(一般社団法人関西イノベーションセンター)と連携し、大企業と大学発スタートアップによる社会課題解決に向けた実証実験を支援する取り組みを始めています。


今年度から始まったばかりのため、まだ成果事例はありませんが、大学発スタートアップからの要望を丁寧にヒアリングし、支援できる体制を整えています。どのような企業と相性が良いかを個々に見極めていくことで、産学連携や大学の技術の社会実装がよりスムーズになると考えています。


写真左奥:廣谷氏 右奥:井上氏 写真手前:事務局 垣端
写真左奥:廣谷氏 右奥:井上氏 写真手前:事務局 垣端

知財を起点にしたマッチング支援の広がり


垣端:最近は、知財を起点にした支援も増えている印象ですが、KSIIではどのような支援を行っていますか?


廣谷氏:U-FINO(一般社団法人うめきた未来イノベーション機構)とは、大学発スタートアップが保有する知財を分析し、「どのような形で企業へ提案をすれば効果的か」といった視点で個々の企業への提案をサポートを行うプロジェクトを進めています。


井上氏:大学発スタートアップ、特にディープテック分野では、知財の活用がカギになります。ただ保有するだけではなく、戦略的に生かしていくことが求められています。知財の強みや弱みを見極めつつ、知財を武器にして、産業界と連携していくことが大切です。特許庁やINPIT(独立行政法人 工業所有権情報・研修館)などと連携しながら、支援を進めてい

ます。


地域密着型大学ファンドのニーズ


大洞:今後、関西の大学発スタートアップ創出のために、KSIIさんとしてどのような展望をお持ちでしょうか?


廣谷氏:最近、「地域密着かつエリア横断型の大学ファンドがあればいいな」という声を多く聞きます。京都大学・大阪大学のように国の資金が入った大学ファンドや、神戸大学のように民間資金で立ち上がったファンドもありますが、ファンドを持たない大学にとっては、地域密着の大学ファンドがあることは、創業や成長につながるでしょう。

左:廣谷氏 中央左:井上氏         中央右:事務局 垣端 右:事務局 大洞
左:廣谷氏 中央左:井上氏         中央右:事務局 垣端 右:事務局 大洞

「地場にVCがいないから成長しない」というのは必ずしもそうだとは言えませんが、地元重視の半官半民ぐらいの大学向けファンドが地域に存在すれば、エコシステムにとってプラスになるはずです。今後も周りの声を聞きながら、意義のあるアイデアがあれば、後押ししていきたいと思っています。


垣端、大洞:本日はどうもありがとうございました!


関西にはそれぞれスタートアップ支援の組織が存在しますが、KSIIのように産官学金をはじめとした各組織と横断的なつながりをつくり、エコシステム全体の調整役を担う組織は、大学発スタートアップ創出において欠かせない存在だと感じました。知財を起点とした支援や、さまざまな業種と連携したMPMの取り組みなど個別性の高いサポートに加え、各大学の担当者同士をつなげ、意識の底上げを図っています。まさに縁の下の力持ちとしての支援は、関西の大学発スタートアップの成長を支える大きな糧となるはずです。(大洞)



関西スタートアップのすべてを一冊で網羅


関西スタートアップレポートは、2020年1月より年に4回発刊されている生態会独自のレポートです。


日々の地道な取材から得た、関西の起業エコシステムに関する最新情報を、生態会の目線でお届けします。定量データと定性調査の結果をもとに、関西スタートアップの現状と全体像を多角的に捉えた充実した内容となっています。


巻末には、設立5年以内の成長意欲の高い企業約500社の独自のデータを掲載。スタートアップに関心のある方や、関西の起業家精神に触れたい方におすすめの一冊です。


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