2003年に創業した株式会社イルグルムは、マーケティングやコマース支援事業を展開し、広告効果の測定や最適化を行う「AD EBiS(アドエビス)」、運用型広告レポート自動作成ツール「アドレポ」、オープンソースECサイト構築パッケージ「EC-CUBE」※ などのサービスを通じて、企業のマーケティング戦略をサポートしています。
イルグルムはインターネット広告が主流となる以前の2004年に広告効果測定サービスを開始。以降も、精度の高い広告分析ツールを提供し続け、業界の草分け的存在として、確固たる地位を確立してきました。2014年には東証マザーズ(現:東証グロース)市場に上場。創業以来「Impact on the World」という企業理念を掲げ、関西発の企業として順調に成長を続けています。
※ EC-CUBEは2018年12月より、連結子会社「株式会社イーシーキューブ」が運営
生態会の副理事長を務め、関西スタートアップの起業家育成にも積極的に取り組んでいる代表取締役社長の岩田進氏に、起業のきっかけや上場までの道のり、起業家の後輩へのメッセージについて伺いました。
取材・レポート:西山裕子(生態会事務局長)、垣端たくみ(事務局/執筆)、大洞 静枝(事務局 /執筆・編集)
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株式会社イルグルム 代表取締役社長 岩田進氏 略歴:1977年大阪生まれ。1997年関西学院大学を休学し、バックパッカーで東南アジア、北米を旅する。1998年の飲食店経営、2000年に旅行ビジネスでの起業を経て、2001年有限会社ロックオンを設立し、代表取締役に就任。
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異文化体験から生まれた起業家精神
生態会事務局長 西山裕子(以下、西山):本日はどうぞよろしくお願いいたします。岩田さんには生態会の副理事長として活動いただいておりますが、今日はご自身の起業の経緯や上場までの道のりについてお話をお伺いできればと思います。早速ですが、起業のきっかけについて教えていただけますか。
株式会社イルグルム 代表取締役社長の岩田進氏(以下、岩田氏):起業や上場を意識し始めたのは、大学を休学してバックパッカーとして海外を頻繁に巡っていた経験がきっかけです。1997年にアジアからニューヨークを訪れましたが、マンハッタンのど真ん中でホテル暮らしもできず、怪しげな人も集まる街外れのドミトリーに、一泊1,000円未満で滞在していました。不法滞在の宿泊者も多く、自分もそんな環境に片足を突っ込んでいることに気がつきました。
アウェイで言葉も伝わらない中で、人から感謝されるためには何をしたら良いのかを、深く考えました。その時に、地域のコミュニティで阻害されるのではなく歓迎されるようになれば、人生の喜びを感じることができると思いました。ドジャースの大谷選手のように野球で成功することは難しくとも、仕事であれば、可能性はあると感じました。
日本企業のソニー、パナソニック、トヨタなどの製品を街中で見かける機会も多くありました。それらの会社は上場しており、社会の公器として、大きな価値提供をしていました。そこからヒントを得て、人の役に立つ製品を社会の一員として作り、世界に売ることはできるのではないかと考えました。バックパッカーをやめて帰国し、飲食店を経営することにしました。しかし、店はうまくいかずに閉めることに。試行錯誤した後、在学中にWeb制作会社を創業し、現在の事業につながるプロダクト「アドエビス」を作りました。
上場はゴールではない!
生態会事務局 垣端(以下、垣端):当時は上場する会社になると想像できましたか?
岩田氏:実は、創業した時から、上場を考えていました。当時は上場の基準も知らなかったし、上場している人を知っていたわけでもなく、具体性もありません。根拠はなかったのですが、絶対に上場はできると信じていました。上場をあきらめようと思ったことは一度もなかったですね。世界征服をしたいと思っていたくらいなので(笑)。それに比べたらこじんまりした目標だと感じていました。
垣端:世界征服とは、壮大な目標ですね。上場がちっぽけに感じるような感じないような・・ユニークな発想です!上場後の変化やメリットはありますか?
岩田氏:会社にとって、上場はあくまで「成長戦略上の手段」です。ドラゴンボールの元気玉ではありませんが、未上場より上場企業の方が経営資源(ヒト、モノ、カネ、情報など)の調達力が飛躍的に上がり、自分が実現したい理想の社会と会社を作っていけるという点ではメリットがあると考えます。
垣端:上場するデメリットはありますか?
岩田氏:企業にとっての上場は、プロ野球に例えると、野球少年がようやくドラフトでプロ入団できたという状態で、一軍やメジャーリーグでの活躍には程遠いです。未上場のスタートアップは注目をしてもらえるし、期待感がありますが、上場するとそれが薄れます。高校球児がプロに入ると注目されなくなるのと同様に、上場すると、ソニーやパナソニックなどの大企業と同じレベルで戦わないといけません。
今の時代は、未上場でのバイアウトも選択肢の一つ
西山:スタートアップは、上場を目指すべきでしょうか?
岩田氏:スタートアップの全てが、上場を目指した方が良いとは思いません。私が起業した頃はありませんでしたが、今は、未上場でバイアウトという選択肢もありえます。上場して数十億円の会社をオペレーションすることになったら、ゼロイチをつくり出すことが好きな起業家の良さが出ないかもしれません。
市場の再編もあり、時価総額100億円以下の企業には存在意義があるのかという声も聞かれます。海外の投資家、機関投資家、個人の投資家からも興味を持たれないという状況では、上場する意味を問う必要があると思います。これからは東証を中心に市場再編がさらに進むでしょう。今後の戦い方として、バイアウトをする起業家がいても良いと思っています。
起業家は、社会課題を解決するプロダクトをつくるために存在する
西山:岩田さんは関西で起業家育成にも携わられていますが、昨今の関西の起業環境についてどう思われますか?
岩田氏:上場企業の代表として、スタートアップから資金調達や組織づくりなどの相談を受ける機会が多くあります。スタートアップの中には、成長していく事業が固まっていないケースも多いです。にもかかわらず、社長が資金調達に走っていたり、社員が10〜20人もいてマネジメントの時間が取られていることがあります。これは、本末転倒であり、本来必要がないことに時間を使ってしまっている状況です。
起業家は、社会の課題を解決するプロダクトを開発するために存在しています。手金で頭を捻って、少人数でサービスやプロダクトを作って売るという努力が必要です。そこに時間を使わないのは、もはやスタートアップごっこであり、ナンセンスです。資金を調達しやすくなったことは起業家にとっては喜ばしいことですが、起業家側は、支援を受けるためのリテラシーを高めないといけません。
垣端:プロダクト開発のために、岩田さんが実践されたことはありますか?
岩田氏:「人とつるまない、友達は少なく!」です。1日は24時間。私は18〜35歳までの間は、テレビ、ラジオ、新聞雑誌などのメディア情報をシャットアウトしていました。SNSもやめていました。24時間の中で、仕事や学校、移動、寝食に時間を使っていると、1日があっという間に過ぎ去ってしまいます。重要なのは、いかに時間を有効活用するかです。自分の頭で考えるためには、インプットとアウトプットのコントロールを意識する必要があります。インプットして、考えて、アウトプットする。このサイクルを通じて質の高いアウトプットをするためには、インプットの質を上げることが鍵です。インプットの内容を変えなければ、アウトプットの品質は上がらないと思っています。
西山:事業に関する情報は、必要ではありませんでしたか?
岩田氏:私には不要でした。むしろ、百害あって一利なしです。価値観は仕入れた情報から形成されるので、そこに引っ張られてしまいます。みんな同じ行動をして、2番手、3番手が作られていくだけです。できるだけ、自分で考える時間を作ることが重要ではないでしょうか。
流行っている事業やメディアからの情報を知らなくても、ECサイトを作るためのプロダクトが不足していることは、調べるまでもなく明らかです。たとえば、普段の仕事でWeb制作をしているとき、お客様と話をしていると「ECサイトを作りたい」といったニーズが浮かび上がってきます。私は、そこにペインがあると判断できたので、オープンソースでその機能を提供したところ、大変喜ばれました。また、広告の効果が測定できず、無駄が多いという課題も、インターネットで調べなくても、顧客に直接話を聞けばわかります。
西山:現在、日本全体でスタートアップを応援する機運が高まって起業のエコシステムが豊かになり、さまざまなプレイヤーが登場しています。一方で、起業家が本来考えるべき本質的なプロダクト作りに割く時間が減っているという話は、非常に考えさせられますね。
成功への道は、これまでの常識を疑うことから
生態会事務局 大洞(以下、大洞):成長している起業家に特徴はありますか?
岩田:例えば、処理能力が高い、コミュニケーション能力に優れている、社員のマネジメントやモチベーションを育むのがうまい等、人と違う武器を持っていたり、何か一芸があると思います。自分の強みを認識した上で、それを生かすための方法を考案できている人は成功しているのではないでしょうか。
西山:最後に、後輩起業家へメッセージをお願いいたします。
岩田:私たちは本来、高い視座を持って、限界を持たずに生きています。しかし、時間と共に視座は下がり、自分の限界だと思い込んでしまいます。私は、学校教育には全く適応できない人間でした。運動会で走るのが嫌で、運動会を休むような子どもだったので、不良扱いされたこともあります(笑)。産業革命以降の学校教育は、工場で働く人間を育成することに重点を置いており、マニュアル通りに動ける人材を育てることを目的としてきました。しかし、そうした環境からはイノベーションは生まれません。
常識は、生まれながらにして持っているものではなく、周囲からの影響で形成されていきます。そして、その常識が限界を生むのです。本来であれば、必要のない既成概念にとらわれずに、自然体で生きるべきです。THE BLUE HEARTSの「情熱の薔薇」の歌の中に「今まで本当だと思っていたことが、実はすべて嘘だったら面白い」という歌詞があります。今、まさにそのような現象が起きているのです。これまで覚えてきたことをすべて忘れてしまっても良いのではないでしょうか。
西山:常識を疑うところから、誰もが生み出せないようなプロダクトがつくられるのかもしれませんね。本日は貴重なお話をどうもありがとうございました!
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