関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、「1億総”健幸”社会」を掲げつつ、まずは「乳がん検査のアップデート」に取り組む、株式会社100(ワンダブルオー) 代表取締役 山上博子さんにお話を伺いました。女性が罹患するがんのうち、最も多くの割合を占めるのが乳がん(※1)です。早期発見ができれば10年後生存率が高い病気であるものの、がん検診の受診率はいまだ50%未満(※2)。それにはどんな原因があるのでしょうか?
※1※2 … 2019年の統計によると、女性の全がん診断数432,607例のうち97,142例(22.5%)が乳がん。同年の検査受診率は47.4%。(参照:「国立がん研究センターがん情報サービス」)
取材・レポート:垣端たくみ(生態会事務局)
和田 翔 (ライター)
山上 博子(やまがみ ひろこ)さん 略歴
甲南大学文学部卒業。教職を志すも社会経験のため塩野義製薬に就職。15年のMR勤務ののち、経営企画部、ベンチャー出向経験を経て、新規事業推進部へ異動。革新的な乳がん検査装置を開発した東大発ベンチャー・Lily MedTechと出会い、その後の起業へ。昨春から事業構想大学院大学にも通い、新規事業の企画力を磨いている。
身近な体験が行動を変え、乳がん検査の課題意識へ
生態会 垣端(以下、垣端):本日はお時間をいただきありがとうございます。100社の事業内容を伺う前に、なぜ山上さんが「乳がん検査」にフォーカスしたのか教えていただけますか?
山上博子さん(以下、山上):まず、身の回りにいる乳がん罹患者の存在が背景にありました。今も健在ですが、私の叔母がその一人です。また、高校生のころには、隣で暮らすご家族のお母様が30代の若さで乳がんに罹患し、亡くなられてしまいました。
乳がん以外の背景もあって、別のがんで亡くなった祖母を看取った経験も影響しています。祖母は「100歳まで生きる」と常々口にするほど元気でしたが、80歳半ばで末期がんが見つかり、その夢は叶いませんでした。もがきながら息を引き取る姿に衝撃を受けて、苦しんで亡くなっていく人を少しでも減らしたいと考えるようになったんです。その後、一度は教職を志すのですが、ご縁があって現在も勤める塩野義製薬へ就職することになりました。
また、働きはじめてしばらく経ってから、フリーアナウンサーの小林麻央さんに乳がんが見つかったニュース(2016年)を知り、大きなショックを受けたことも影響しています。直接の知り合いではありませんが、私と同い年ということもあって、「他人事であった死が、一気に自分事になり、自分もいつ死ぬかわからない」と考えるきっかけになりました。ただ、
そんな不安を抱いたにもかかわらず、過去に一度受けた乳がん検査を再度受けることはできなかったんです。
ライター和田(以下、和田):身の回りの出来事をきっかけに意識が変わったんですね。それでも再度乳がん検査を受けられなかったのは、どんな背景があったのでしょうか?
山上:現在の乳がん検査は、主に「マンモグラフィー」という方法で行います。この方法は、乳房を器具で挟んで薄く伸ばしてX線撮影を行うもので、非常に強い痛みをともなうことで有名です。実際に受けてみると本当に痛くて、極端な考えかもしれませんが、「もう一度受けるくらいなら、がんが見つからなくてもいい」と感じたほどでした。
和田:「もう受けたくない」という意見は、他の方にも多いのでしょうか?
山上:私が実施したアンケートやインタビューの結果を見ても、自分と同じような意見を持つ人は多くいました。つまり、乳がんの早期発見は重要だと頭ではわかっていながらも、マンモグラフィーがトラウマ体験になってしまい、行動に移せない問題があるんです。
まずは「乳がん検査のアップデート」から
垣端:その課題感が今の取り組みにつながっているんですね。では、御社の取り組み内容について教えてください。
山上:まずは「乳がん検査のアップデート」に取り組んでいます。具体的には、東大発ベンチャーのLily MedTechが開発したCOCOLY(ココリー)という次世代の画像診断装置を活用して、乳がん検査をどこでも受けられるサービスを提供する構想です。
和田:COCOLYとはどんな装置なんでしょうか?
山上:COCOLYはベッド型の検査装置で、受診者がベッドでうつ伏せになり、ベッド中央の穴に設置されたリング型の装置で撮像し、乳房断面の画像を作成するものです。X線照射を行いませんから被ばくの心配はありませんし、放射線を遮断するための特別な検査室を必要としません。また、乳房を強く挟み込む過程も必要ありません。
(画像提供:100)
和田:どんなきっかけでCOCOLYの存在を知ったんですか?
山上:塩野義製薬の新規事業推進部に異動して、多様なスタートアップと交流する中で偶然出会いました。「こんなにエンドユーザーのことを考え抜いた製品があるのか」と驚いたのですが、一方で「医療機関にはまだ導入されていない」とも聞いて衝撃を受けました。
COCOLYと出会えたことで、さきほど話した自分の体験や考えがつながって、「今自分がこれを広めなければ」と、何か運命的なものを感じました。
和田:その出会いが取り組みを始めたきっかけになったんですね。話は変わりますが、医療機器のPRというと、法律の規制などで難しさはありませんか?
山上:元々COCOLYは医療機器として開発されましたが、Lily MedTechの組織改編などもあって、現在は医療機器の扱いではないんです。むしろそれが追い風になって、医療機関ではない場所で一般の方に向けたイベント開催などがやりやすくなった面があります。
和田:すでにトライアルを実施したと伺いました。その内容を教えていただけますか?
山上:「若者の乳がん」を題材にした映画の公開にあわせて、イオンモール和歌山店でCOCOLYのデモ体験のトライアルを行いました。モール内にデモ機を置いて、撮像はせずに寝転んで使用感を体験してもらう疑似的なトライアルでしたが、当日は100人以上の来場者が集まりました。
昨年春から通っている事業構想大学院大学で和歌山市議の方と知り合ったり、映画のロケ地が和歌山だったり、イオンモールとしても来客者の健康増進につながるイベントを開催したいニーズがあったりと、いろいろなご縁が重なって実現へとつながりました。
和田:トライアルの次の段階は、どのように考えていますか?
山上:次のステップとして、COCOLYの常設を目標に据えつつ、今度は実際に撮影体験をしてもらうトライアルを、再度、イオンモール和歌山店でピンクリボン月間にあたる10月半ばの1週間程度の期間で実施できないか、準備しているところです。
気軽に検査を受けられるプラットフォームの構築へ
垣端:「乳がん検査のアップデート」の先には、どんな構想を考えていますか?
山上:将来的に、全てのがんの早期発見から早期治療へのサポートを、一気通貫で行う「NCT(New generation Cancer Test)サービス」の構築に取り組んでいます。現在、同サービスに関するビジネスモデル特許を申請中です(3月下旬取材時点)。
今までのがん検査は医療機関での受診が大前提でしたが、現状のままでは受診率を劇的に上げることは難しいと思います。そこで、医療機関でなくても、スマホアプリなどを経由して申し込めば簡単に検査を受けられる環境を作って、リスク評価の高い人は医療機関でより精密な検査を促す流れを作ることが目標です。
COCOLYによる検査のほかにも、汗や涙を使うなどの新しい検査手法がどんどん開発されていますので、それらもNCTサービスのプラットフォームに組み込んでいき、患者さんの状況やニーズに合わせて提供することも目指しています。
和田:医療機関への検査を促す流れを作るんですね。検査場所にはどんなところを想定しているのでしょうか?
山上:例えば、スーパーやショッピングモールなどの小売業界です。日常の用事を済ませるついでに検査を受けられる環境があると、検査率の向上にも貢献できると考えています。検査場所の小売店と協業して、「検査を受けたらポイント還元率アップ」などのインセンティブを付与すれば、検査率はさらに向上すると思います。
和田:お話を伺っていると、拡張性の高いプラットフォームのように感じます。
山上:医療機関で確定診断を受けたらお見舞金を提供するサービスプランを設けたり、そのお見舞金をアプリ上のポイントとして付与する仕組みにしてECサイトなどで使えるようにしたり、休眠中の専門医や「がんサバイバー」にオンラインで気軽に相談できる機能を設けたり、実装を目指すサービスは多数あります。NCTサービスを大きなエコシステムへと育てることで、気軽に検査を受けられる環境を作りたいと考えています。
また、将来的にはデータの二次利用にも取り組む方針です。NCTサービスを利用するユーザーが増えればデータも蓄積されるので、利用者の状況に応じたアラートを出せるようにできれば早期発見にもつながります。そうした有益な情報も提供できる仕組みにしたいと考えています。
和田:データ活用を行うには、利用者の増加がポイントになると思います。NCTサービスの成長性についてはどう考えていますか?
山上:現在の医療環境だとすぐに病院にアクセスできますが、超高齢化社会が進むと若い方が病院になかなか行けなくなったり、医師がオーバーワークになったり、いろいろな問題が起こり得ます。そうした今後の医療制度を考えると、手軽な検査や日々の予防がますます重要になりますから、NCTサービスはがん検査のあり方を変えるゲームチェンジャーになれると考えています。
和田:まずはどの層に向けて提供していく考えですか?
山上:該当するのは主婦をはじめ20~30代の若年層、あえていうなら「検診弱者」と呼べる人たちです。ただ、この層が気軽に検査を受けられるようにするには、利用料を安く設定することも必要になりますから、NCTサービスのキャッシュポイントをどう増やすかが今の課題です。
和田:最後に、今後の展開について教えてください。
山上:NCTサービスは、基本的にユーザーから利用料をいただく形になりますが、将来はフランチャイズ化を考えています。近年、スマートシティやウェルネスシティを掲げた取り組みも盛んですから、医療機関や自治体などを中心に連携先を探す方針です。また、乳がん検査の分野だと、ウィッグや下着メーカーといった女性がターゲットの企業、エステや温泉などの施設と相性はいいと思いますから、それらの企業との協業も探っていきたいと考えています。
垣端:本日はどうもありがとうございました!
取材を終えて
乳がんは早期発見できれば、10年後生存率が高い病気です。ところが、山上さんが言うように、従来の検査手法への忌避感が大きな障害となっています。また、今後の超高齢化社会を見据えると、日本の医療体制が大きく変わる可能性もあります。山上さんが築こうとしているNCTサービスは、今後の暮らしに大きく関わってくるかもしれません。
(ライター和田翔)
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