関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、株式会社神社仏閣オンラインの代表取締役社長 河村英昌氏に話を伺いました。同社は日本文化をもっと身近に、持続可能な未来をつくることを目指し、お寺や神社と、企業・行政などをつなぐ様々な事業を展開しています。
取材・レポート:西山裕子、(生態会事務局)
野澤信孝(生態会プロボノ)、森令子(ライター)
河村英昌(かわむら ひであき)氏 略歴
1993年京都府生まれ、京都大学法学部卒業。浄土宗藤澤山大光寺で生まれ育ち、京大在学中に受戒。現在は、副住職を務める。学生生活の中で、同級生の仏教への関心の低さに衝撃を受けたことが事業の原点。2016年、新卒で株式会社NTTドコモに入社後、お寺・神社をはじめ日本文化を広めるためブログやYouTubeで発信を開始。企業と協業した旅行コンテンツ立上げを機に2020年に法人設立。
経営者×お坊さん×サラリーマン:京都のお寺の副住職が設立したスタートアップ
生態会事務局 西山(以下、西山):本日はありがとうございます。河村さんは、僧侶であり起業家でもあるということで、大光寺の境内の広いお座敷で取材です。スタートアップのインタビューとしては珍しい雰囲気ですね!まずは、神社仏閣オンラインの事業について教えてください。
神社仏閣オンライン 河村英昌氏(以下、河村氏):“共助の場”として存在してきたお寺や神社を、社会に再度つなぐ”ハブ”となることをミッションに、主に2つの事業をしています。一つは、全国のお寺・神社と企業・行政をつなぎ、ユニークなイベント・企画を実現するコラボレーション事業です。アニメや映画、日用品など商品やサービスのPR、旅行や観光推進などのご相談をいただき、お寺や神社を巻き込んで、双方にメリットのある企画を考え、持続可能な形で実現しています。
もう一つは、お寺・神社をはじめ日本文化に関する情報発信やブランディングを行うプロモーション事業です。YouTubeチャンネルでは、僧侶・神主インタビューや、経営者と僧侶の対談、お寺・神社のバーチャルツアー、伝統芸能・工芸の取材など様々な動画を発信しています。ほかにも、SNS運用やHP制作、イベントやツアーの企画、オリジナルゲーム開発などで、全国のお寺や神社、日本文化をプロモーションしています。
YouTubeで人気の「はじめての」シリーズ。この動画では河村氏が浄土宗を解説
私は京都・伏見の大光寺で生まれ育ち、京大時代に修行をして受戒し、僧侶になりました。今は、父が大光寺の住職で、私は副住職を務めています。また、新卒で入社したNTTドコモでフルタイムのサラリーマンをしながら2020年に当社を設立したので、現在は経営者・僧侶・フルタイム正社員と3つの分野で複業しています。
人気アニメや化粧品とのコラボ、お寺を舞台にしたゲームアプリなど、独自の試みで事業拡大
西山:事業も経歴もとてもユニークですね。コラボレーションやプロモーションにはどんなものがあるのですか?
河村氏:例えば、マンガなどの出版やPRを手掛ける株式会社二葉企画とは、2021年から人気作品をテーマに継続してコラボレーションしています。大人気アニメとコラボし、日蓮宗総本山 身延山久遠寺、臨済宗大本山 妙心寺など全国の有名なお寺で、キャラクターが描かれた授与品(お守り・御朱印帳など)を期間限定で販売し、大きな話題を集めたこともあります。ほかにも、広告代理店と共同で、お寺を会場にアニメ映画の試写会イベントを行うこともあります。
商品や会社のPRとしては、東京の新田神社で祈祷した紙カミソリを配布した「合格祈願紙カミソリ」企画(貝印株式会社、株式会社マイナビ)や、京都の錦天満宮で祈祷した「美顔水」と「合格祈願しおり」を受験生にサンプリングした「美顔水 受験生応援プロジェクト」(株式会社明色化粧品)などが実現しています。
プロモーション事業では、YouTubeチャンネル運営のほか、お寺・神社のSNS運用やHP制作、企業や学校向けのセミナー・研修など個別のご支援もしています。オリジナル商品も積極的に開発し、お寺で弟子入り体験ができる「Deshi-Iri」ツアー(観光庁 看板商品選出)の企画販売や、リアルなお寺・神社を舞台とした謎解き脱出ゲームアプリ「神仏DASH 」(iOS/Androidアプリ)の開発配信などをしています。どれも多世代・国内外に日本文化を伝え、お寺や神社をPRする独自の試みです。
同世代の無関心に危機感。ブログ、YouTubeでの情報発信を経て法人設立
西山:事業をはじめたきっかけを教えてください。
河村氏:お寺で生まれ育ち、いつも仏教が身近にありました。子供のころ、近所の子たちが境内で遊んでいたことも、よく覚えています。お寺という場所に育ててもらったんです。しかし、中学・高校へ進学するにつれ、周囲の同世代がお寺や仏教に無関心なことに気づき、大きな危機感を抱きました。大学でも同様で、日本人より留学生の方が日本文化への興味も知識もあるような状況でした。在学中に僧侶になり、お寺をはじめ日本文化を広める活動をしたいと考え、「フリースタイルな僧侶たち」(宗派を超えたお坊さんが集まり発刊するフリーペーパー)をはじめ、多くの方と繋がろうと行動してきました。
就職後は、個人で出来る情報発信として「僧侶×日本文化」といったテーマでブログを書き始め、電子書籍も出版しました。2019年には、お寺や神社の発信の手助けをしようと、自分で撮影・編集した動画を公開するYouTubeチャンネルを開設、コロナ禍でしたが各地の神社仏閣を取材して回りました。2020年に、京都の旅行会社と共同でYouTubeの旅行コンテンツを制作したのを契機に、法人を設立しました。法人化1ヶ月後に登壇した初めてのピッチで、経産省イノベータープログラム”始動”に採択され、その時の起業家仲間、経営者の先輩、支援者の方々との出会いも、その後のビジネスで大きな助けになっています。
現在は、フルリモートで事業を進めており、学生インターンや社会人プロボノなど10数名がスタッフとして一緒に活動してくれています。
神社仏閣の事情に加え、伝統文化から最新コンテンツまで精通するチームが、社会とつなぐハブとなる
ライター 森令子:多くの方々と繋がってきた河村さんならではの事業なのですね。御社の強みはなんですか?
河村氏:お寺・神社と社会、両方の状況やニーズを理解して繋ぐ存在が、これまでいませんでした。実際に、企業や行政の方から「一緒にやりたいアイデアはあるが、どうすれば実現できるのかわからない」「受け入れてもらうのが難しい」という声をよくお聞きします。
私たちは、個々のお寺・神社の状況を理解し、適切に繋げていくことを大切にしています。私は僧侶ですが、だからといって、初めてのお寺・神社に突然連絡することはありません。必ず信頼できる方に紹介いただくなど丁寧に関係を深めています。仏教であれば宗派本山との連携も大切ですし、神社では異なる事情があります。直接会ってお話しをして、よく知ることが大事です。
私自身が先端技術を持つ大企業の正社員であり、企業側のニーズが理解できること、私を含めチームメンバーは日本文化はもちろんアニメ・ゲームなど最新コンテンツも好きなことなど、自分達が精通している分野を融合させている点も強みだと思います。
生態会プロボノ 野澤信孝:大光寺という寺院の経営と並行して、関連会社も経営されているというのは大変ユニークですね。これまでに僧侶とは違う道を目指されたことはありますか?
河村氏:育ててもらった大光寺を僧侶として守っていくのは、私にとって自然なことです。それに加え「困っているお寺や神社、日本文化をなんとかしたい!」という思いで当社の事業を進めています。だからこそ、ハブとして繋げるだけでなく価値を伝えていくこと、社会に価値を提供しつつ、お寺・神社にもメリットがある仕組みを作ることを、いつも気をつけています。
西山:まさに“数珠繋ぎ”を体現するように事業を成長させておられ、素晴らしいです。最後に、今後の事業展開について教えてください。
観光アプリ開発、旅行ツアー拡大、コラボ事例創出などに注力。「こんなことできるよね」をたくさん作っていく
河村氏:現在、観光アプリの新規開発に注力するほか、既存事業では、インバウンドを中心に勢いがある「Deshi-Iri」ツアーで、展開先のお寺を増やし、国内外からの利用者を増やしていく予定です。アニメ・エンタメ業界からのコラボレーションのニーズも引き続き高いので、今後も話題となるような企画を実現したいと思っています。授与品(お守り、絵馬など)以外、例えば飲食などにも大きな可能性があるので、すでに、地元・伏見の日本酒とのコラボなども進めてます。
私たちの役割は「ケースを作ること」だと思っています。「こんなことできるよね」をたくさん作り、お寺・神社が頼み事にお応えできるようにしていくことで、もっと必要とされるようになるはずです。私たちにしかできない形・仕組みで、社会からのニーズに応えていきたいですね。
取材を終えて
大学生で仏門に入りつつ、サークルやインターン、コミュニティ、そして、大手通信キャリアの正社員として様々な経験をつみ、多くの方とつながってきた河村氏が、まさに“数珠繋ぎ”を体現するように事業を成長させています。神社仏閣の事情に加え、伝統文化から最新コンテンツまで精通するチームが、企業をはじめ社会とお寺・神社を適切につなげ、事業として成立させる独自のポジションが強みです。企業や行政からのニーズも大きいとのことで、文化継承、観光分散化など社会課題解決にもつながる成長性ある事業だと感じました。(ライター 森令子)
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