関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、顧客が求める物質を効率的につくり出す微生物をバイオとデジタルの技術で生み出すという、アジア初の統合型バイオファウンドリ事業を行う株式会社バッカス・バイオイノベーションの代表取締役社長、丹治 幹雄さんにお話を伺いました。
取材・レポート:垣端 たくみ(生態会事務局)、大洞静枝(ライター)
丹治 幹雄氏 略歴
1977年に東京大学法学部卒業後、日本長期信用銀行に入行。1980年通産省産業政策局企業行動課へ出向し、エネルギー対策促進税制創設に参画。1984年より米国に駐在し、1991年帰国後、営業企画部副参事役、アジア部副参事役などを歴任。1997年、構想日本に参加し、以降政策委員として各種政策立案に関与(現在理事)。以後、縄文アソシエイツ株式会社(エグゼクティブサーチ)、株式会社新銀行東京(代表補佐)、株式会社セールスジャパン(中小企業向け営業代行等)取締役会長、ゲーミング・キャピタル・マネジメント会長、株式会社デフタ・キャピタル取締役などを歴任。 2017年より、アライアンス・フォーラム財団理事・執行役(現任)。2021年3月よりバッカス・バイオイノベーション取締役。
■アジア初、統合型バイオファウンドリ事業
生態会 垣端(以下 垣端):本日は、どうぞよろしくお願いします。アジア初という「バイオファウンドリ」の事業内容について教えてください。
丹治 幹雄氏(以下 丹治):微生物から世の中のあらゆる物質をつくる、バイオインダストリーです。昨今、SDGsや脱炭素など、地球環境を守るための取り組みが行われています。今までのように化石資源から物を作るのには、限界があります。ですが、物質はそもそも地球環境の中でできているので、生態系の中でつくることができるはずです。この発想のもと、合成生物学と計算科学を結び付けた仕組みで、バイオ技術から物質をつくるのが我々のビジネスです。
クロレラのような微細藻類や植物、動物からでも物はつくれます。微生物は小さく細工がしやすいので、一番の主力は微生物です。微生物から物を大量生産して、お客様に届けるとなると、大きな設備や工場が必要で、コストもかかります。ですので、私たちはどうすれば高品質で最適な物質をたくさん作れるか、というプロセスを開発しています。これを私たちは、「バイオファウンドリ」と呼んでいます。
ファウンドリという言葉は半導体の分野でよく使われています。発注元から半導体チップの製造を受託するサービスで、世界シェアの約6割を占めている台湾の大手半導体メーカーTSMC社が有名です。バイオファウンドリもこれと似たようなコンセプトです。プラットフォーム技術だとお考えください。
私たちのテクノロジーは極端に言えば、あらゆる物質を作ることができます。技術的に可能だったとしても、今の手法と比べて100倍コストがかかれば、お客さんにとっては意味がありません。いかにコストを抑えて、最適な方法で作れるのかを開発していくのが私たちの役目です。
■脱炭素社会の実現に向けたものづくりを
垣端:あらゆる物質ということなのですが、具体的には、どういった物質なのでしょうか?
丹治:例えば、モデルナワクチンのmRNA(メッセンジャーRNA)の製造に用いられる酵素を生成する遺伝子操作細胞は、米ギンコ・バイオワークスという我々に近い業態の企業が開発しています。医療医薬の原薬や原液、化学品でいうとプラスチック、さらにバイオ燃料などもつくることができます。今、航空機のジェット燃料が不足して、価格が高騰しています。持続可能な航空燃料として注目を集めているSAF(Sustainable Aviation Fuel)を作りだすことも不可能ではありません。暑さや虫に強い稲など、あらゆるものに適用ができます。
私たちが今、一番やりたいと思っていることは、CO2からものを作ること、脱炭素です。二酸化炭素を食べる水素細菌を利用する方法があります。水素細菌はCO2を栄養源として取り込み、生体内で有機物に変換しながら自ら増殖します。細菌の遺伝子を改変することで、化学品やバイオ燃料の原料、たんぱく質などを効率的に生成できます。例えば、牛を一頭飼うためには、草や水が必要です。その上、せっかく育てたのに殺さないといけない。水素細菌を利用すれば、工場でたんぱく質を作ることができるのです。遺伝子改変の技術に抵抗がある人もいると思うので、すぐに受け入れられて広がっていくとは思っていません。技術開発が進めば、皆さんが安心して食べられるものを提供することができると思っています。
脱炭素に必要なことはCO2の排出量を減らすことと、回収して埋めることの二つ。しかし、CO2から物をつくれば、そんなことをしなくてもいいのです。脱炭素をものづくりに生かしたプラットフォームをつくっている会社はまだないので、我々の中核技術として開発していきたいと思っています。
垣端:日本でバイオテクノロジーが広く普及していくための課題はありますか?
丹治:同業種でいうと、アメリカにギンコ・バイオワークス、アミリス、ザイマージェンの3社があります。それ以外は今のところ存在しません。SDGsの潮流から、この分野は急速に注目されており、中国や韓国が参入する姿勢を見せています。種類は違いますが、ヨーロッパでは同じような技術をもった企業がどんどん、でてきています。
私たちの技術は合成生物学と計算科学を合わせた仕組みと申し上げました。自然界で、化合物はあるルートを辿り、どんどん変化して最終的に物になります。化合物は1万種類ほど、それを司る一般的な化学反応は4500ほどです。私たちは、どのようにすれば一番効率がいいのか、不要なものをどうやって排除するのかを、高度なコンピューターを使って分析します。この計算科学の技術と、合成生物学の世界は全然違います。日本の大学の場合は、各分野が縦割りになっているので、異なる分野は横につながりにくい仕組みです。結果として、技術融合が育ちにくい風土があります。
ここに至っているのは、バイオファウンドリの第一人者で、取締役でもある神戸大学の近藤昭彦副学長や、いろいろな方々の努力のおかげです。世界的に見ても決して遅れているわけではありません。技術は素晴らしいですが、現実のビジネスに結びつけるのは、もちろん簡単ではありませんので、今は、一歩一歩進んでいる状況です。
■バイオインダストリーの産業クラスターを、関西圏でつくっていく
垣端:具体的にはどういったお客様が多いですか?
丹治:業種は幅広いですが、化学や食品が多いです。素材を扱う企業、ものづくりの企業は何かしら関わりがあると思います。日本はこれから、地球環境の変化に応えていかないといけません。また、世界で必要とされるサービスを提供できるような産業をつくっていく必要があります。我々の技術を利用する企業が増えてくれば、産業クラスターが発生します。バイオインダストリーの技術をベースとした産業クラスターを、関西圏を中心につくっていくのが私たちの大きな目標です。
■「Rule of Us」ではなく「Rule of Earth」
垣端:実際に社会実装された場合、どういった社会が実現しますか?
丹治:「Rule of Us」ではなく「Rule of Earth」。人間のルールではなく、地球のルールでものをつくる社会になっていくイメージです。私たちは、地球という星の上で暮らしているので、自ずと守らないといけないルールが存在します。皆が当たり前のように、ルールを守り、地球環境を守っていくことのできるような社会であればいいなと思います。
日本が深い関係を持っているアメリカやヨーロッパ以外にも、中国やインド、イスラム圏、アフリカ、世界には様々な国々があり、それぞれ生活をしている人がいます。誰もが使えるものが、生物化学を通じてつくられ、それが世界に渡っていって欲しいです。ものづくりだけではなく、デリバリー、ロジティクスのルートも含め、影響を与えていけるような、そういう会社でありたいと思っています。いい技術を独占するのではなく、公平なルールを日本から世界に提示できるように、していきたいです。
垣端:生態会がお力になれそうなことはありますか?
丹治:ものづくりに関わる企業の皆さんには、何かあればお問い合わせいただきたいと思います。「このような人材がいるよ」と声をかけていただけたらとても嬉しいです。出資企業からも出向いただいていますが、自分たちで探すだけでは人が集まりません。人材交流をすることで、私たちの設備を使うことも、人を育てることもできるので、企業側にもメリットがあると思います。これからの世の中を大きく変えていく、最初の一歩に関わってもらうことは、非常に意味があることだと思っています。
垣端:本日は、ありがとうございました!
取材を終えて
アジア初というバイオファウンドリ事業は微生物を使ったバイオものづくりのプラットフォーム。微生物をゲノム編集し、AIやロボティクスの最新技術と融合させることで、様々な物質をより効率的に生産することが可能となるそうです。今後、開発していくというCO2を食べる水素細菌も含め、地球の未来のために、なくてはならない技術だと感じました。商業的な観点からだけではなく、地球の環境問題を自分ごとに置き換えて考えているからこそ生まれるビジネスだと感じました。バッカス・バイオイノベーションさんの技術を実生活で目にする日を心待ちにしたいです。(ライター 大洞)
コメント