障がい者と家族の悩みを解決したい。その思いを一心に、挑戦は始まった。
- heartheart62
- 6月1日
- 読了時間: 7分
更新日:6月13日
関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、「ぞうのあしあと」の開発・運営などを行うファントフット株式会社 の代表取締役・二宮聖城さんにお話を伺いました。同社は、障がいのある子どもと、受け入れ可能な福祉施設をマッチングするサービス「ぞうのあしあと」を展開するスタートアップです。福祉現場にありがちな情報不足や制度の壁を、テクノロジーと発想で乗り越え、保護者と施設の双方にとって納得感のある出会いを実現しています。
取材・レポート:垣端 たくみ(生態会事務局/ライター)

二宮 聖城(にのみや せいじょ)略歴
2001年、兵庫県西宮市生まれ。幼い頃から福祉事業を営む父の背中を見て育つ。大学では行政と政治を専攻。コロナ禍で時間に余裕ができた大学時代、父の事業所を手伝ったことをきっかけに福祉現場の課題に直面し、福祉を軸とした社会課題解決の道を志す。大学院では実学社会起業を学び、在学中に障がい児福祉施設のマッチングサービス「ぞうのあしあと」の開発・運営などを行うファントフット株式会社を設立。現在は、障がい者の就労支援など新たな事業展開にも取り組みながら、「選べる福祉」の実現を目指している。
障がい者と家族の悩みを解決したい
生態会 垣端(以下、垣端):本日はありがとうございます。まずは、事業を始めるまでの経緯を教えていただけますか?
ファントフット株式会社 二宮 聖城(以下、二宮):大学では、行政と政治を学んでいました。将来は国家公務員になって、地方創生に携わりたいと考えていました。けれど、大学2年のとき、コロナ禍が社会を襲い状況は一変しました。講義はオンラインになり、アルバイトも減り、ぽっかり時間が空いた。あの静けさの中で、これから自分が何をするべきか、立ち止まって考える時間ができたんです。
そんなとき、福祉の事業所を経営する父から、「少し手伝ってみないか」と声をかけられました。正直、最初は深く考えず、軽い気持ちで現場に入ったと思います。しかし現場を見た瞬間、これまでの福祉のイメージが覆されました。
制度は整っていても、いざ支援を必要とする人が動こうとすると、情報が分かりづらく、届かない。とくに、障がいを持つお子さんの保護者の方々は、日々のケアや通院で時間も体力も削られながら、必要な支援先を自力で探さないといけない。それなのに「そもそもどこに何があるのかわからない」と途方に暮れるご家庭が多くありました。

一方で、福祉の事業所側もまた、「支援をしたいのに、利用者が集まらない」「空きがあるのに、知られていない」という課題を抱えていました。両者の間には、想像以上の情報の断絶があったんです。
要するに制度があってもつながりが希薄で、本来支えるべき場所に、支援が届いていない。
その現実を知り、「自分にできることがあるんじゃないか」と、心のどこかが熱くなったのを覚えています。
そしてこの経験が、自分の人生を根底から変えていきました。
福祉の仕事って、誰かを“支える”だけのものじゃない。人と人が“支え合う”社会をつくること。その本質に触れたことが、起業への最初の一歩だったと思います。
テクノロジーと仕組みで、福祉の現場を変える
垣端:ご家族の反応はどうでしたか?
二宮:起業を考え始めたとき、父は「そんなに不安定なことをせず、うちの会社で働けばいい」と言いました。確かに、安定と継続が大事な福祉の世界で、若い人間がいきなり起業という手段を取ることには、理解しがたい部分もあったと思います。 でも私は、これまでにない仕組みで福祉現場の課題を変えたいと強く思いました。だから、何度も、何度も父と向き合い話し合いました。 あるとき、私が構想していた「保護者と施設をマッチングするサービスをつくりたい」と真正面から伝えたことがありました。そのとき、父が「そんな仕組みが昔からあったら、救われた家族がたくさんいた」と言ってくれたのです。あの瞬間の父の言葉は、今でも忘れられません。あれが、私の迷いを打ち消してくれた出来事でした。
反対していた父も今ではいちばんの応援者です。そんな父の存在に背中を押され、大学院で社会起業を学びながら、2023年にファントフット株式会社を設立。やるからには本気で、誰かの「困った」に、テクノロジーと仕組みで応えていく覚悟が生まれた瞬間でした。
「ぞうのあしあと」は、保護者と施設をつなぐマッチング
垣端:現在提供している「ぞうのあしあと」について、教えてください。
二宮:「ぞうのあしあと」は、障がいのある子どもと、受け入れ可能な福祉施設とをマッチングするサービスです。一般的には、保護者が自力で施設を探し、ひとつずつ問い合わせをしていく形が主流ですが、実際にはそれがとても難しい。情報は少なく、制度も複雑で、どこに相談すればいいのかさえ分からないという声が多く寄せられています。「何件も断られて、もう諦めかけていた」というご家庭も少なくありません。

そこで私たちは、従来の仕組みとは逆に、施設側から子どもにアプローチするというスカウト型のマッチング機能を取り入れました。これは、保護者にとっては探す手間と不安を軽減でき、施設にとっても「あと1人でも利用者が来てくれれば赤字を回避できる」「こういう子なら対応できる」という希望や条件にマッチする支援がしやすくなる、双方にとって有益な仕組みです。

サービスの開始からまだ日は浅いものの、すでに100組近いご家庭が登録してくださり、「このサービスに出会えて、本当に救われました」と涙ぐまれる保護者の方もいらっしゃいます。ひとつひとつの出会いが、支援の輪をつないでいく──まさに「大きな足跡を、一歩ずつ」刻んでいる実感があります。
また、マッチングだけにとどまらず、施設側の情報発信力や人手不足といった課題にもアプローチしています。将来的には、もっと気軽に支援と出会えるような、「地域に根ざした支援の地図」をつくることが、私たちの目指すゴールのひとつです。

次なるステージは、障がい者の「働く」を支える新事業
垣端:今後の展開についても教えてください。
二宮:これまでは子ども支援が中心でしたが、これからは就労支援にも力を入れていきたいと考えています。福祉業界では「働くこと」が本人にとっての希望になる一方で、情報不足や支援体制の複雑さが壁になりがちです。
企業側も「雇いたいがどう関わればいいか分からない」と悩んでいます。私は、福祉の現場と企業の“真ん中”に立つ存在が必要だと感じています。今準備を進めているのが、障がい者と企業をつなぐ新たな人材マッチングの仕組みです。福祉はお金になりにくいと言われることが多いなか、支援と経済が両立できる形をつくりたい。そして、誰もが自分で“選び取れる”社会を実現したい。そのための次の挑戦が、就労支援です。
この新たな挑戦には壁も多いですが、「できるかどうか」ではなく「必要かどうか」で動く。そういうスタンスで、仲間とともに前へ進みたいと思っています。
声を、仕組みに。仲間と歩む福祉のこれから
垣端:最後に、これまでの活動を振り返って、いちばん大事にしていることは何ですか?
二宮:
一番大きかったのは、「想いを形にしてくれる仲間の存在」です。私はコンピューターのプログラムを組んだり、デザインもできません。でも、私の想いに共鳴してくれる人たちが集まり、それぞれの得意分野を持ち寄ってくれたからこそ、ここまで歩んでくることができました。
最近では、行政や地域の議員、異業種のスタートアップとの連携も広がってきており、福祉は決して孤立した世界ではなく、社会全体を巻き込むことのできる領域なのだと、あらためて実感しています。

私の根底にあるのは、当事者や保護者が“声を上げにくい”空気を変えていきたいという想いです。サービスを利用することは「障がいを認めること」ではなく、「より良い選択をすること」だと、社会の側が意識を変えていく必要がある。
それは「助ける・助けられる」といった一方向の関係ではなく、誰もが自由に「選び合える関係」であるべきだと思います。その未来を信じて、これからも一歩ずつ、着実に進んでいきたいと思っています。

取材を終えて 取材を通じて印象的だったのは、二宮さんの静かな語りの中に宿る、確かな信念と行動力でした。「保護者が施設を探すのではなく、施設から声をかけられる仕組みをつくりたい」という言葉には、現場で感じた課題を本気で変えたいという強い想いが込められていました。
自らは技術職ではないと語りながらも、仲間と力を合わせてアイデアを形にしていく姿勢は、「一人で抱えず、社会の力で課題を解決する」彼のビジョンそのもの。
“助ける・助けられる”ではなく、“選び合える関係”を福祉の世界に根づかせようとする挑戦に、心からのエールを送りたくなりました。(ライター:垣端 たくみ)
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