国⽴循環器病研究センター発!専⾨医の暗黙知をAIで診療に活⽤:Cubec
- 森令子

- 33 分前
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関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、株式会社Cubecの代表取締役CEO/共同創業者 奥井 伸輔氏に話を伺いました。同社はヘルスケアに特化した⽣成AIモデルを開発する国⽴循環器病研究センター(⼤阪府吹⽥市)発スタートアップです。
取材・レポート:大洞 静枝(生態会事務局)、森令子(ライター)

奥井 伸輔(おくい しんすけ)氏 略歴
1984年⼤阪府出⾝。名古屋⼤学理学部卒業後、外資系製薬企業でMR・マーケティング・組織⽂化開発に従事。医療分野でのサービス開発・事業創造を実現するため、京都芸術⼤学⼤学院でデザイン思考を学ぶ。2021年から医療ITスタートアップのマーケティング責任者に着任、企業代表として国⽴循環器病研究センターを中⼼とした⼼不全研究プロジェクトに参加。そこでの研究成果を社会実装すべく、2023年にCubec社を創業。
「最善の医療を、すべての人の手の中に。」:専門医の思考を再現するAIで医療現場の課題に挑む
生態会 大洞(以下、大洞):本日はありがとうございます。事業概要を教えてください。
株式会社Cubec 奥井 伸輔氏(以下、奥井氏):私たちは、ヘルスケアに特化した⽣成AIモデルを開発するスタートアップです。論⽂やガイドラインなどの公知情報に加え、ベテラン専門医の思考プロセスや経験、いわゆる暗黙知を独自データとして学習させることで、リスク判定・治療提案・診療QAなどの症例相談ができる生成AIを開発しています。
ベテランの専門医は自身の経験も参照し、患者さんの状態に合わせて総合的に判断しますが、このような診察プロセスは、まさに暗黙知の塊です。それを学習した生成AIにより、専門医に相談するかのような質の高い情報提供を可能にしたいと考えています。
多くの医師は診断に迷った時に、医学書を調べたりインターネットで検索しています。私たちの調査では、患者対応に自信が持てず他の医師に相談したい場面が、1日3回程度あるというデータも得られています。しかし、医師が気軽に相談できる相手は、なかなかいないのが現状です。
「最善の医療を、すべての人の手の中に。」をミッションに、医療現場を支援するプロダクトを日本中の医師に使ってもらうことを⽬指しています。

なぜ心不全から?国立循環器病研究センター発スタートアップの使命
生態会 森(以下、森):国立循環器病研究センターの認定スタートアップとして、心不全の診療を支援するAI開発に注力されていますね。
奥井氏: まずは、心不全、次に肺高血圧という2つの領域で開発を進めています。特に、心不全は日本における死因でがんに次いで2位、国内の患者数は推計120万人と激増している病気です。しかも、多様な病型と多数の治療選択肢がある心不全は診断が難しく、経験が大切な領域ですが、専門医は全く足りていません。「心不全パンデミック」と呼ばれるほど危機的状況なのです。
そのような状況を、私たちのプロダクトで改善したいと考えています。患者さんの状態に応じて、どのような治療方針をとるのか、または、専門医につなげるのかなど、かかりつけ医の日々の意思決定を支援していきたいのです。


専門医の暗黙知と日本の医師のための使いやすさで差別化
大洞:AIは非常に競争が激しい分野です。競合はどのような企業ですか?また、御社の強みはなんですか?
奥井氏:競合はCHAT GPTなど生成AI全て、そして、医師が現在行なっているGoogle検索や医学書などの閲覧行動全てです。どのようなツールよりも、日本の医師にとって使いやすいプロダクトを実現しなくてはいけないと思っています。
また、論文など公知情報を学習したAIには、長期的な競争優位性はありません。私たちは、多くの専門医に協力いただき、彼らの暗黙知を収集し、手間と時間をかけてAIを開発しています。医療分野で必須となる信頼できる正確な情報提供、忙しい医師に活用してもらえる使いやすさにこだわっていきたいです。
現在、データサイエンティスト7名がコミットしており、日本のヘルスケアAIとしては、多くの人数が開発に携わっていると認識しています。今後、多くの企業が医師向けAIに参入してくるはずです。とにかく、スピード感をもって、他社より先行した開発を進めています。
ヘルスケア業界でのキャリアとデザイン思考が導いた起業
大洞:奥井さんが起業された背景を教えてください。
奥井氏:製薬企業のMRとして働くなかで、医薬品を届けるだけでは解決できない様々な課題が医療現場にあることを知りました。医療現場の課題にどうアプローチすべきか模索するなかで、デザイン思考を用いて医療機器のイノベーションを牽引する「バイオデザイン」という取り組みに注目し、京都芸術大学大学院の学際デザイン研究領域に一期生として入学しました。Cubecでも、「AI×デザイン思考」で課題解決に臨んでいます。
デザイン思考を用いた医療現場でのプロジェクトのなかで、多忙な医師が最新情報の収集に時間を費やし、時には専門外の領域で難しい判断を迫られている現実を知り、このような課題を解決するビジネスをやりたいという想いが強くなっていきました。
実は、私の父は難病を患い、20年に渡る闘病の末に他界しました。家族として、治療方針の選択がいかに難しく、重い決断であるかも痛感してきました。「最適な医療に辿り着くのは難しい」という課題意識が原点ともいえます。

森:経営陣として、奥井氏のほかに、共同創業者 / 取締役CAIOとして新井田信彦氏、医師 / 取締役 医学統括として朔啓太氏が参画されてます。どのようなチームなのですか?
奥井氏: 国立循環器病研究センターとの共同研究プロジェクトに企業側の担当者として参画した際に出会ったのが、国立循環器病研究センターの研究者でもある朔です。
共同創業者の新井田は、”医療でのAI活用”を自身のミッションとするヘルスケアAIの専門家で、製薬会社時代の同僚です。
朔との共同研究プロジェクトで、専門医不足や、地域のクリニックの医師が治療方針に悩んでいるといった心不全領域の課題が明確になりました。「生成AIを使えば、この課題を解決できるのでは」と新井田に相談したところ、「自分たちでやろう!」と3者の熱意が一致し、起業に至りました。
森:国立循環器病研究センターからの認定をはじめ、アクセラレーションプログラムへの採択、大阪・関西万博への出展と多くの注目を集めていますね。
奥井氏:関西のスタートアップ・エコシステムについては、「こんなに応援してくれるのか」と良い意味で驚くことばかりです。国立循環器病研究センターでは、オフィスや研究施設の利用、専門家の紹介、広報活動など手厚い支援を受けています。大阪産業局や神戸医療産業都市など行政や支援機関も、私たちのニーズを深く理解し伴走してくれます。関西全体でスタートアップを本気で育てようとしていると感じますね。

まずはナレッジAIの普及から。2030年に「心不全診療支援AI」の実現へ
大洞:今後の事業展開はどのように考えていますか?
奥井氏:医師の質問に対してエビデンスに基づく精度の高い回答をAIが生成する「Cubec 臨床ナレッジAI」のベータ版を2025年5月から提供開始しています。2025年秋には、ガイドラインや薬剤情報を追加した正式版を公開予定です。ビジネスモデルとしては、ユーザーである医師はサービスを無料利用でき、製薬企業などへのマーケティング支援から収益を得ています。まずは、医師の医療知識の検索や収集を支援し、ユーザーの増加を図っています。

cu2030年までに、経験豊かな専門医の暗黙知を学習した「心不全診療支援AI」を、地域医療を支援する連携システムとしてリリースする計画です。将来的には、日本の医療現場に即した医療機器としての提供を目指していきます。
大洞:本日はお忙しい中、ありがとうございました。
取材を終えて
奥井氏に加え、製薬業界でのAI開発の専門家である新井田氏、循環器病研究センター研究所室長で著名な研究者でもある朔氏という経験豊富な経営陣を強みに、「専門医の暗黙知」という希少情報を学習データとしたAI開発に取り組んでいます。「どこに住んでいても最善の医療にたどり着ける世界」の実現に向けて、ミッションをひとつにするチームに加え、研究機関や他大学・関西の支援機関、VCなど多くのプレイヤーとの連携も素晴らしく、スピード感をもって事業を進めています。 (スタッフ 森 令子)




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