関西を拠点に活動するユニークな起業家に迫るこの企画。今回は株式会社カラーズバリュー代表取締役の大熊重之さんです。
製造業の集積地・東大阪市で、部品の塗装業を営む家庭に生まれた大熊さん。経営に参画する中で「もっと事業を大きくしたい」と望むようになるものの、事業の性質上、売上拡大には限界があることを痛感。「それなら、培ってきた技術を別の業界に転用してみよう」と、別法人を設立して空き家・古家の賃貸専用リフォームに進出し、その収益は、わずか6年で本業を上回るまでに。まったく未知の業界で新規事業を成功させ、加えて、空き家問題を解決する仕組みまで整えた大熊さんの挑戦をお聞きしました。
取材・レポート:池田奈帆美(中小企業診断士・生態会事務局)
池田:最初に「古家再生」と聞いた時、梁や柱を見せて、オシャレな空間に改変する古民家リフォームをイメージしたのですが、貴社の事業はそうではないんですね。
株式会社カラーズバリュー大熊重之代表(以下、大熊):はい。一見誰も見向きもしない、持ち主ですらどうしていいか分からないような(笑)、古くて汚い家の再生です。
池田:うーん、これは確かに、どうしていいか分からないですね…。
大熊: 解体するにも費用はかかるし、売るのはおろか、賃貸にも出せない。で結局放置という空き家・古家が、日本には山のようにあるんです。とても大きな市場なのに、儲けが少ないので、誰もやろうしない。これを解決できたら面白いなと思いました。
池田:大熊さんは、もともとご家族で部品塗装業(株式会社オークマ工装)を経営されていますよね。それがなぜ、他業種に進出しようと思われたのでしょうか?
大熊:部品塗装業というのは、顧客が作った部品がうちの工場に届いて初めて、生産に着手できるものです。 つまり、事前に自社での生産計画が立てにくい。生産調整ができないので、顧客数が増えるほど生産時期が重なるリスクや、逆に、稼働率が下がるリスクが増えます。だから、顧客数を増やしたくても、一定数以上に増やせないという制限があるんです。
池田:つまり、売上を伸ばす余地が極めて少ないと。
大熊:そうなんです。それに、部品を輸送する往復運賃は顧客負担なので、コスト面からどうしても近隣工場との取引が主になる。僕はずっと全国展開したいと思っていたので、限界のある既存事業ではなく、新しいことをしたいと、ずっとアンテナを張っていたんです。
池田:「売上を伸ばして全国展開する」というのが、新規事業に乗り出す動機だったのですね。先ほど、空き家問題を解決できたら面白いと考えていたと伺いましたが、具体的には、どのように事業化を進めていかれたのでしょうか?
大熊: 本業の強みである「塗装技術」を転用できないかと考えたのが最初です。そんな時に、賃貸用ワンルームの壁を塗り替えてほしいというオーダーをいただいて。色を変えるだけで雰囲気はがらりと変わる。しかもローコストなので大家さんに喜んでいただき、次第に長屋の塗装を手がけるようになりました。仕事をしていく中で、建設業界特有の完全分業制を知り、製造業ではよくある多能工(※)の考え方を装着したら、もっと売上を伸ばせると考えました。
※多能工とは 一人で複数の工程を遂行できる職人のこと
(左)施工前(右)施工後
池田:すべての工事を、ワンストップで請け負えるようになろうと。ただ、それはハードルが高いような気もしますが…。
大熊:あくまで「空き家・古家をリフォームして賃貸に出す」という考えなので、構造に関わるような大型工事は考えていませんでした。借り手がつくために必要なのは、水回りがきれいで、住空間が快適なこと。でも建設業一筋でやってきた工務店は「構造工事は絶対に必要」という思い込みがあり、1000万円近くの高額な見積もりを作ってしまう。そうなると回収リスクが高まるから、オーナーは躊躇しますよね。うちは必要最低限の工事を200〜300万円で行うことに特化しました。そうすることで、ワンストップで工事を請け負えるまでの習熟期間が短縮でき、賃貸オーナーは最小限のリスクで済み、住み手が見つかることで空き家問題も解消できると考えました。
(左)施工前(右)施工後
池田:賃貸に必要なリフォームだけに絞る、というのは確かに新しい発想ですね。
大熊:ミニマム工事で、オーナーも、住み手も、社会も、もちろん自社も良くなる環境を作ることができました。
池田:大熊さんが目指されていた全国展開はどのように実現されているのでしょうか。
大熊:空き家・古家リフォームに特化してノウハウを展開する一般社団法人 全国古家再生推進協議会(※)を立ち上げ、クロス職人や塗装職人のような、住宅リフォームを分業的に請け負っている企業の加盟を推進しています。 カラーズバリューは全国古家再生推進協議会から委託を受け、加盟企業に向けて、古家再生に必要な講習を実施しています。工事がミニマムでも、クレームが起きては意味がない。信頼される工事ができる加盟店が増えることで、全国の空き家問題に取り組む仲間は増えていくと考えています。
※2019年末時点での再生戸数は1084戸、会員数4700名
池田:現在、加盟企業数はどのくらいなのでしょうか?
大熊:全国に7社(研修中が3社)です。まだまだ少ないので、加盟店促進は今後の課題ですね。
池田:最後に、カラーズバリューとして、今後めざすところを教えて下さい。
大熊:アジアからの技能実習生の受入が加速すると思うので、彼らに快適な住まいを用意できるよう、製造業や介護サービス業の総務部と連携しきたいと考えています。
池田:確かに、今後そうした企業の福利厚生は重要性が増していきますね。
大熊:日本が抱える空き家・古家問題も、技能実習生の受け入れ体制も、複合的に解決できるビジネスだと思います。全国に仲間を増やせるよう、今後はさらにプロモーション活動を強化していきたいと思います。
取材を終えて。池田より
既存市場が頭打ちの中で、培ってきた技術を転用して事業拡大を達成するというのは、一見簡単なように見えますが、実際はとても難しい意思決定です。いざその分岐点に立った時、過去の延長ではなく、新しい道を選ぶのは勇気を伴うもの。その一歩を踏み出し、短期間で黒字化を達成されている大熊さんは、まさに企業家精神を持つ方だと感じました。世の中の価値観が「所有からシェア」へ変わる今、ミニマムリフォームで空き家を流通させるビジネスモデルは、大きな可能性を秘めていると思います。
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