建築現場の写真業務を月96時間削減!工事写真台帳作業の革命的サービス:verbal and dialogue
- Yoko Yagi
- 3 日前
- 読了時間: 9分
関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、プラント業界の工事写真台帳サービスに特化した「Cheez」を運営するverbal and dialogue株式会社の森川 善基代表取締役にお話を伺いました。
取材・レポート:八木曜子(生態会ライター)

代表取締役 森川 善基(もりかわよしき)略歴
1983年兵庫県生まれ。大学卒業後、三菱電機㈱で自動車部品の設計や工程管理、日本グッドイヤー㈱で工場立上げ、虹技㈱でごみ焼却施設の設計・調達・現場監督を経験。長年プラント現場に携わる中で、工事写真業務の煩雑さと非効率さを痛感。2022年経産省「出向起業等創出支援事業」に採択され、「Cheez」を開発。同年verbal and dialogue株式会社を創業。
1現場で1万枚以上、残業での手作業を効率化
ライター八木(以下、八木):本日はお時間をいただきありがとうございます。まず、御社の事業内容について教えてください。
森川善基代表(以下、森川氏):弊社は、プラント・建設現場向けのAI工事写真アプリ「Cheez(チーズ)」を開発しています。現場では“写真を撮るだけ”で、AIが黒板や工程情報を自動認識し、分類・整理・台帳作成・報告書出力まで一括で行います。取り忘れ防止のガイドや、音声入力でのタグ付け、QRコード管理にも対応しており、月に96時間の作業削減が出た現場もあります。

八木:プラントとは、具体的にどんな施設ですか。
森川氏:ざっくり言うと、ゴミ焼却場や下水処理場、石油・ガス・化学・電力系の施設ですね。「点検や修繕が絶対に必要な場所」が対象なので、需要がなくなることはありません。毎年必ず案件が発生します。
八木:では「工事写真業務」とはどのようなものでしょうか?
森川氏:たとえば1つの現場で1万枚以上撮影し、それを整理して報告書にまとめて提出する業務です。法令で定められているため必須です。この業務はあくまで工事監理者が担う業務の一つで、日中は現場対応を終えて、夜に事務所でフォルダ分け、工程順の並べ替え、Excel台帳に写真を貼り付け、文字入力…と残業になりがちで、非常に負担の大きい作業でした。


八木:なぜ非効率になりやすいのですか?
森川氏:まず、作業が属人化しやすいことです。複数人がバラバラに撮影すると、撮影者にしか分からない接写や局所写真が混ざり、整理が困難になります。
次に、取り忘れによる“やり直し”です。証跡不備があると、壁を壊して再撮影して再度復旧するケースもあり、時間とコストの損失が大きい。
さらに、根強いExcel運用があります。写真を追加・削除するとレイアウトが崩れてしまい、最初から作り直しになることも多い。現場にとってこれは大きなストレスです。
また、国交省仕様に沿って撮影・整理・報告を行う必要がありますが、プラントは自治体発注なので仕様が自治体ごとにバラバラなんですね。必要な写真や報告書形式も異なるため、毎回一から作る必要があり、コロナ以降は実際の立ち入りが難しくなったことで、要求がさらに厳しくなって撮影枚数も粒度も増えています。
八木:では「Cheez」を使うと、具体的にどれくらい効率化できるのでしょうか。
森川氏:写真を撮るだけで自動処理されるので、事務作業はほぼゼロになります。川崎重工グループでの実証実験では作業時間を93%削減し、年間5億円近くの削減効果が試算されました。20名規模の事業所でも年間2,880万円の削減効果があり、ローンチ前から300社以上の問い合わせがありました。

八木:当初からAIでの自動化を前提にしていたんですか?
森川氏:はい、最初からAIで自動化する構想でした。既存ツールは事前準備に何十時間もかかり、「入力→整理→貼る」という人力作業が前提でした。「Cheez」はその事前準備すら不要にし、写真を撮るだけで分類・整理・台帳作成・報告書作成まで完結します。
八木:プラント分野は建設と比べても複雑そうです。
森川氏:そうなんです。プラント業界を知っている人間でないと、この仕様に対応できるシステムは作れないと思います。いままでは建築向けツールを無理に使ったことで必要な情報が拾えず、やり直しになるトラブルも多発していました。プラントは設備の集合体であり、配管・電気・制御・機器据付など専門工種が細かく分かれ、撮影すべき写真の量も桁違いです。
また、自治体発注のため仕様書もバラバラで、現場ごとに求められる写真・報告書形式が異なるため、既存ツールでは限界がありました。
八木:フォーマットが違うとは驚きです。行政ごとのフォーマットの違いには対応できるのでしょうか。
森川氏:対応できます。行政側の要望をAIに反映させ、指定フォーマットで自動出力できるようにしています。ただし仕様が案件ごとに大きく異なるため、AIモデルの調整が必要で、1〜2週間ほどの開発期間をいただくケースもあります。
八木:そもそも現場のIT導入が遅れている理由は何でしょう?
森川氏:業界慣習が根強いからだと思います。AIやクラウドと聞いても最初はピンとこない方が多く、「紙とExcelで十分」と考えがちです。でも一度「Cheez」を使っていただくと、皆さん口をそろえて「もうこれしか使えない」と言ってくださいます。誰か一人が使い始めたら現場全体が一気に変わるのが、この業界の面白さです。最初の一歩をどう踏み出してもらうか。そこが最大の壁であり、同時に大きなチャンスでもあります。
八木:ユーザーの反応はいかがですか。
森川氏:非常に好評です。5月のローンチ前から「早く使いたい」と問い合わせが相次ぎました。実証実験を経て、すでに大手10社、36現場で試験導入されています。「もう手作業には戻れない」という現場の声を多数いただいており、問い合わせも全国から届いています。空いた時間を他の業務に充てられる点が特に評価されています。

八木:競合サービスはありますか?違いは何でしょう。
森川氏:明確な競合サービスはありません。業界で使われる既存ツールは写真整理や台帳作成が手作業で必要です。「Cheez」はAIが自動処理するため、撮るだけで完結する点が決定的に違います。また、他の施工管理アプリは写真業務が主目的ではありませんが、当社は写真だけに特化しています。むしろAPI連携などの提携を想定しています。

八木:プラント業界ではどれくらいの工事件数があるのですか。
森川氏:プラント業界には年間71万件の工事案件があります。点検・修繕工事は法令で定められており必ず発生します。そのため、案件が毎年積み上がります。さらに施工時の写真データは5年間保管が義務づけられており、案件が毎年積み上がる構造です。当社はその保管部分も収益モデルに組み込み、継続的なストックビジネスを実現しています。
八木:今後の展開をどう見ていますか。
森川氏:プラント業界では現場監督が導入の決裁権を持っているため、1社の導入が下請け200社に波及する可能性があります。業界全体のDXを後押しできると考えています。
現場監督としての課題意識から生まれたプロダクト
八木:業界ニーズにしっかりこたえているプロダクトですね。ではこの「Cheez」が生まれた背景を教えてください。
森川氏:もともと私は、プラント業界のゴミ焼却プラントの設計や現場監督の仕事に携わっていました。十何年も現場にいたので、工事写真の整理がどれだけ大変か、身にしみて理解していました。夜中まで残業して、1枚ずつ写真をフォルダ分けして、貼り付けて、打ち込んで……と繰り返す中で、「なんでこんなことを人がやってるんだろう」とずっと考えていました。
八木:森川さんの現場での課題意識が原点なんですね。
森川氏:そうですね。単純に「自分が面倒くさいと思ってたから、つくった」ってだけです(笑)。ほんとに、撮るだけで報告書までできたらいいのに、と長年考えていた中で、3年前に経済産業省の「出向起業制度」を知り、採択してもらったのが起業のきっかけでした。
※「出向起業制度」とは
正式名称:出向起業等創出支援事業は、社員が元の企業に在籍したまま、自ら設立した会社へ出向し新規事業に取り組むことを支援する経済産業省の制度。事業費の一部に補助金が出ることで、起業リスクを抑えて挑戦できる。
八木:あまり知られていない制度ですよね。出向起業制度を活用された経緯を教えて下さい。
森川氏:神戸新聞のお正月号で、出向起業制度を活用した神姫バスさんの記事を読んで「こんな制度があるんだ!」と気づきました。正月明けすぐに当時の社長に「これ、うちでもできると思います」とプレゼンしたんです。まるでパズルのピースがカチッとはまった感じでした。
この制度を活用し、前職の虹技株式会社で最初は社内ベンチャーとして立ち上げました。社長が大変応援してくださり、資本は入れずに顧客紹介や金融機関とのつながりをサポートしてもらいました。その後、完全に独立して姫路にverbal and dialogue株式会社を設立しました。
八木:アイデア段階のとき、周囲の反応はどうでしたか?
森川氏:いや、最初は反対ばっかりでしたよ(笑)。「そんなニッチなことやっても事業にならない」とか「工事写真だけで商売が成り立つわけない」とか、かなり言われました。でも私は現場でその大変さを知っていたので、「いや、これは絶対に価値がある」と確信していました。
地元・姫路から広げる“現場DX”の輪
八木:今後の展開について教えてください。
森川氏:まず、年明けにUI/UXを刷新した新バージョンをリリースする予定です。大阪芸術大学の先生と学生さんたちと一緒に、現場の方が“迷わず使える”デザインを作っています。また、姫路に加えて東京にもオフィスを設け、人材採用と営業体制を強化していきます。
現在の課題は体制設計です。開発エンジニア3名に加えて、代表である私が営業・導入・開発を兼務している状況です。PM的役割を担うメンバーが合流予定で、バックオフィスは外部サポートで対応しています。採用難度の高い関西から人材を確保するため、東京拠点を開設しました。
八木:事業としての中長期の見通しを教えて下さい。
森川氏:今後はプラントだけでなく、建築・土木、リフォームなど幅広い領域での導入を進めたいと考えています。さらに、海外でも写真記録が義務化されている国が多いので、将来的にはローカライズを進めて世界展開も視野に入れています。
八木:今後のご活躍も応援しています。本日はありがとうございました!
取材を終えて
Cheezは、国内でも最も複雑でIT化が遅れたプラント工事領域を真正面から変えようとしています。自治体ごとに仕様が異なり、1現場で1万枚超の写真、20〜30年続くExcel文化など、外部のIT企業が参入しにくい構造的な壁があるこの領域に対し、現場を熟知した創業者が行政仕様の差異にまで対応できるAIを実装し、すでに大手企業で実証結果を出している点は特筆に値します。さらに、5年間の写真保管義務と業界の多段階構造から、ストック収益が積み上がる強いビジネスモデルであることも印象的です。高い参入障壁と成長性を兼ね備えたスタートアップだと感じました。 (ライター八木曜子)
