運動処方箋で医療とフィットネスをつなぐ!予防医療の新しいカタチ:株式会社フィグメント
- akiyo K
- 20 時間前
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関西スタートアップレポートでご紹介している注目の起業家たち。今回は、株式会社フィグメント 甲斐 暁子 代表取締役にお話を伺いました。
取材・レポート:大洞 静枝(生態会事務局)
長谷川 明代(生態会ライター)

甲斐 暁子(かい あきこ) 代表取締役 略歴
1984年宮崎県出身。アスレチックトレーナーを志して渡米し、大学・大学院で学ぶ。現地で、米NATA公認アスレチックトレーナー(BOC-ATC)、ストレングス&コンディショニングスペシャリスト(NSCA-CSCS)として活動。2011年に帰国後、外資系医療機器メーカーで10年間勤務し、医療現場を経験すると共にドクターとのネットワークを構築。コロナ禍をきっかけに、トレーナーと医療現場、両方の知識と経験を生かす働き方を模索し、医療と運動をつなぐ社会課題に取り組むべく、2023年に株式会社フィグメントを姉妹で創業する。2024年、 経産省/JETRO主催 J-StarX Local to Global Successに採択され、シリコンバレーで開催されたPlug and Play Silicon Valley SummitのAsia Expoにて、日本代表として登壇。続けて、Healthtech Summit2024ピッチコンテストにて、ファイナリストに選出される。医療通訳士一級を持つ医療英会話講師としても活動しており、ウェブメディア等で精力的に発信中。
医療から「運動を処方」する仕組みを作る
生態会事務局 大洞(以下、大洞):本日はお時間いただき、ありがとうございます。株式会社フィグメントの事業内容について教えてください。
甲斐代表(以下、甲斐):私たちの事業は大きく2つあります。どちらも「医療とフィットネスの連携」が軸になっています。
1つ目は、医療機関とフィットネスジムをつなぐプラットフォーム「かかりつけフィットネス」の運営です。生活習慣病予備群など運動が必要な患者様を、医師の処方に基づき提携ジムへ紹介するサービスを展開しています。フィットネス施設から得る紹介料を医療機関に協力報酬として還元することで双方のメリットになるビジネスモデルを構築しています。紹介のみで終わらず、医師と運動指導者の継続的な連携をサポートすることで、対象者の運動意識のさらなる向上を目指します。

2つ目は、指定運動療法施設(健康増進施設)への認定を支援する事業です。運動処方箋の発行といったいくつかの条件が整うと、認定を受けたフィットネス施設の利用料は医療費控除の対象とすることができます。ただ、制度や概念が十分に普及しておらず、医療側もジム側も、存在を知らないのが現状です。フィットネス施設が認定を取得するための諸条件として、特にハードルが高いのは、「医療機関との提携関係を有していること」です。医療機関ならどこでもというわけではなく、日本医師会認定健康スポーツ医が在籍すること等、さらに条件が加わります。私はこれまでの経歴から医療関係の人脈があるので、それらを生かし医療機関を確保した上で、フィットネス施設にアプローチしています。
指定運動療法施設が増え、施設にアクセスできる人が多くなることで、「かかりつけフィットネス」のプラットフォームとしての価値を高めていくという構想です。両輪で活動を進めています。

大洞:「運動を処方」するという表現、すごく珍しいですよね。
甲斐:そうですね。適切な運動が症状の改善に効果を持つことは、数々の研究で明らかにされています。ただ日本では、運動によって病気を防ぐといった考えが、まだまだ浸透していません。日本とアメリカではその差が顕著です。医療保険の構造が影響しているのですが、日本の場合、お金がなくて病院に行けない、という人はほとんどいませんよね。でもアメリカは「お金がないから病気になれない」という感覚です。病気は自費で解決する必要があるため、病気になったときのペナルティが圧倒的に重いんです。そういう背景があるので、予防医療に対する意識は日本とは比べものにならないほど高いです。
アスレチックトレーナー、医療機器メーカー勤務、そしてメディカルフィットネスの世界へ
大洞:なぜ「医療とフィットネス」という領域を選ばれたんですか?
甲斐:私のバックグラウンドはアスレチックトレーナーです。アメリカに留学してスポーツトレーナーを目指し、現地で大学・大学院に進みトレーナーとして働いていました。その後、日本に戻って医療機器メーカーで10年間勤めました。医療とスポーツ、両方の知識と経験を持っていたんです。この二つを活かせる事業があるとしたらと考えた時、メディカルフィットネスという領域に行き着きました。さらに、当時トレーナーを続けていた仲間たちから「運動処方箋」という仕組みを聞き、それが社会にもっと浸透すべき概念だと強く思いました。ただ、実際には構造的にすごく難しいです。
大洞:構造的に、というのはどういうことでしょうか?
甲斐:私たちのターゲットは、生活習慣病や未病の段階にある方々です。しかし、その方々を診る街の医師と、運動をサポートするジムのトレーナーが出会う機会はほとんどありません。運動は、医師の治療の選択肢として入っていないため、コミュニケーションの機会がそもそも存在しないんです。医療とスポーツジムやフィットネスクラブは「交わることのない別世界」です。慣習、文化が異なり、共通言語が違います。双方が同じゴールに向かって協働するのはシンプルに見えて、とても難しいです。でもだからこそ、「難しいなら、自分がやってみよう」と思ったんです。
「運動処方箋」とは?普通の処方箋との違い

生態会ライター長谷川(以下、長谷川):「運動処方箋」は普通の処方箋とは違うのですか?
甲斐:「運動処方箋」は、医師が患者さんの病状や体力に応じて、安全に行える運動内容を指示するための文書です。これは、医療機関で発行される「診断書」などと同様の文書扱いであり、健康保険の診療報酬として点数がつくものではありません。運動処方箋の内容は、「週2回以上、息が上がる運動を30分以上」「筋トレも取り入れる」といったシンプルな指示のものが多いです。私たちは、先生方、患者さん、双方に高い納得感を得てもらうため、より細かい指示を出してもらえるよう取り組んでいます。疾患別にテンプレートを作り、詳細な指示でありながら、先生の負担を軽減しています。
大洞:口で言われるよりも、処方箋として文書で出されたらちょっとドキッとしますね。やらないとな〜となります。
甲斐:そうですね。生活習慣病の場合、医師から必ず「運動しましょう」と言われます。でも、ほとんどの場合、手段が提供されないんですよね。医師たちも「運動してほしい」と思っていますが、「言うしかない」状況です。だからこそ、医療とフィットネスの間に橋をかける存在が必要だと思っています。
アメリカにも日本にもない、ゼロから切り開くビジネス
甲斐:日本のフィットネス参加率は4〜5%と言われていて、欧米では20%超。老若男女問わず、ワークアウトが日常の一部なんですよね。マンションにジムが併設されていたり。両方の暮らしを経験して、日本は「フィットネスに一歩踏み出すこと」のハードルが高い環境と感じます。
大洞:わかります。運動を始めたいと思っても、自分の目的や生活スタイルに合ったジムがどれなのか分かりづらく、迷ってしまうことがあります。せっかく見学に行っても、筋トレゾーンの熱気に圧倒されて、入会をためらってしまうことも(笑)
甲斐:そのジム独特の空気感もありますよね。だからこそ医師の「このジムは安心だよ」という一言が背中を押すんです。この事業は何だか「おせっかい」みたいなビジネスなんです(笑)みんなの肩をトントン叩くというか。繋がっていなかった世界の登場人物、一人一人の背中をポンっと押して、「何が嫌なの?ここがやりにくい?じゃあこうしましょう」という感じで、少しずつ世界を広げていっています。
医師が「運動」を治療の選択肢とする未来
長谷川:今後の展開を教えてください。
甲斐:医療をハブとし、医療から運動へと人をつなぐルートを作りたいです。でも現状、多くの医師が「運動?自分たちには関係ないサービスだ」と考えています。スポーツドクターやリハビリ専門の医師でない場合、運動指導の世界に馴染みがないんですよね。だからまずは、認知が広がるよう取り組んでいます。食事指導が必要な患者さんに栄養士さんを紹介しますよね。運動を患者さんに勧めたい時は、こういうサービスが使えるんだ、と知ってもらうこと。そこが突破できれば、流れは一気に早くなると思っています。
医師が自然と、「運動を指導してもらってきてね」と言える未来にしたいんです。
大洞:運動は体の病気だけでなく、メンタルヘルスにも効果があると言われていますよね。私自身、運動を始めてから精神的に安定したんです。
甲斐:その通りです。実は、心療内科でも運動療法の処方箋は活用されているんです。うつ病や不眠症の患者さんに「運動を試してみて」と勧めるケースが増えています。ここにもぜひ広げていきたいと考えています。産業医の先生にも運動処方箋は使っていただけますし、企業での健康経営や人的資本経営にもつながるんです。ここまで広がると、社会を変えることになると感じています。
大洞:運動を取り入れることで、心身ともに健康になり、企業側の経営にプラスになるのであれば、いいこと尽くめですね。「かかりつけフィットネス」が誰もが利用する身近なものになればいいなと思います。本日はありがとうございました!

取材を終えて
これまでの経験から、医療とフィットネスの隔たりを強く感じている甲斐代表。難しいからこそやってみたい、と語られる姿が印象的だった。運動を日常に取り入れることはハードルが高く、多くの人が後回しにしがちであるが、医師、フィットネスクラブの双方からのサポートは大きな継続モチベーションとなる。ステークホルダーのそれぞれの背中をとんとんと叩く「おせっかい」ビジネスと表現されるお茶目な姿も見せてくれた。「運動の習慣化」にとことんこだわったビジネスの、今後の広がりを期待する(ライター 長谷川)




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