関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、大手では真似できない小回りの効いた開発力と販売力を強みに、クラウドファンディングで大反響のユニークな家電を次々と発売している株式会社エッジニティの代表取締役社長 山路 哲(やまじ さとし)さんにお話を伺いました。
取材・レポート:橋尾日登美(生態会 事務局)
森令子(ライター)
代表取締役社長 山路 哲さん 略歴
1967年大阪府出身、東海大学工学部制御工学科卒業。シャープで29年間、液晶事業中心に回路設計やプロセスのエンジニア、品質管理などに従事。シャープ同僚と一緒に2019年エッジニティ/EDGENITY 設立。「喜びを育んでもらえるものを世に送り出す」をミッションに、最新テクノロジーで顧客に驚きの体験を届ける家電を開発。2022年5月現在、クラファン8件、累計購入成約金額 約1.6億円
■クラウドファンディングで累計約1.6億円を販売!
生態会 橋尾(以下、橋尾):今日はよろしくお願いします。まずは、事業概要を教えてください。
株式会社エッジニティ 山路社長(以下、山路):私たちは、シャープ出身者3名で設立した家電スタートアップです。家電開発・製造の経験豊富なメンバーで、「本当にマーケットファーストな開発・製造を実現したい」「社会にイノベーションを起こすプロダクトを創出したい」と起業しました。シャープでは私と副社長の朱島 伸はエンジニア、取締役の黒澤 秀はデザイナーをしていました。
2019年の設立以来、4K超短焦点レーザープロジェクターや4K超高画質タッチパネル付モバイルモニター、世界最小クラスの超小型デスクトップPC、極太タイヤの電動自転車など、私たちの”本当に欲しい”という思いにこだわって最先端の家電製品を開発してきました。店頭販売ではなく、全てクラウドファンディング(以下、CF)で発売しています。開発前の市場調査や、購入型CFによる需要確保など”マーケットファースト”を実践することで、ユーザーに支持される製品開発に成功しています。これまでに8件のCFを実施、累計購入成約金額は約1.6億円に達しました。
また、BtoB事業として、デジタルサイネージ製品も展開しています。高品質な液晶パネルの製造については、前職の経験から多くのノウハウを持っていますので、商流や生産パートナーの工夫などで、品質を保ちつつ価格を抑え、豊富なサイズ展開を実現しました。ユーザー企業の皆さんにも、ご評価いただいてます。
橋尾:このオフィスには、これまでCFで提供されてきた数々の製品が並んでいますね。どれもユニークで気になります!いくつかご説明いただけますか?
山路:例えば、4K超短焦点レーザープロジェクターですが、2019年のCFで20,747,000円を成約しました。超短焦点レンズを採用して、壁からわずか21cmの設置距離で100インチの大画面に高精細4K映像を投影できるレーザープロジェクターです。壁際に置くだけの簡単設置で、場所を取らず、もちろん、天井からの吊り下げなどの工事も不要です。また、光源6500ルーメン・投影輝度2000ANSIルーメンあり、昼間でもカーテンを閉めずに4K映像が見られる明るさです。簡単・高機能、個人で気軽に買える手頃な価格の製品として、CFで大好評でした。
橋尾:スクリーンの目の前に置いたプロジェクターから、これだけの大きなスクリーンに投影できるとは、すごいですね!しかも、オフィスの明るい照明そのままで、美しい映像が見られて、まさに「驚きの体験」です。
山路:そうなんです。このプロジェクターのCFの時には、東京と大阪で製品体験会もやりました。興味をもってくださった方々が来場され「思った以上に実物が素晴らしい」と非常によい反応でした。この製品は完売しましたが、いくつかの製品は、現在もYahoo!ショップのEDGENITY Official Storeで販売しています。画面を省いて徹底的に小さくした、レモンサイズの世界最小級デスクトップパソコンや、分厚いタイヤで乗り心地がよい電動アシスト自転車などのほか、今イチオシは、自宅にいながら楽しく運動できるバーチャルフィットネスマシン「HITFIT Bike」です。
■成長著しいバーチャルフィットネス市場に「HITFIT Bike」で勝負をかける
橋尾:「HITFIT Bike」、さきほど試乗しましたが、とにかく楽しい!思ったより場所もとらないですし、これは欲しくなりますね!
山路:「HITFIT Bike」は、世界中で大人気の「Zwift」をはじめ、複数のバーチャルサイクリングアプリに対応した次世代フィットネスバイクで、2回の購入型クラウドファンディングで累計約700台を販売しました(2022年5月現在)。これまで、自宅でのバーチャルサイクリングには高額の専門機器がいくつも必要でしたが、この製品の場合は、スマホなどのデバイスとHITFIT本体だけではじめることができます。非常に優れた静音性でリビングにも置きやすく、センサーとアプリが連動した自動負荷により坂道や空気抵抗などをリアルに再現、まさに、最先端のおうちトレーニングマシンです。
CFでは「Zwift」が使える点も大反響でした。「Zwift」は、仮想世界の中で、世界中の参加者と競争したりトレーニングしたりと切磋琢磨できる、世界中で愛用されているバーチャルサイクリングアプリです。
コロナ禍で、自宅でできる運動に注目が集まったように、好きな時間に人の目を気にせず、気軽にできる”おうちジム”のニーズはますます大きくなっています。特に、バーチャルフィットネス市場は今後6年で約6兆円規模に成長すると言われる最先端の分野です。まだ、日本ではバーチャルトレーニングはこれからの市場で、「Zwift」の知名度も高くありません。ぜひ多くの方に知って欲しいと思っています。
将来的には、ランニングや筋トレなどへの製品展開や、運動習慣や体重管理サポートといったコネクテッド家電ならではのデータを活用したサービスも、展開したいと考えています。家電メーカーとしてプロダクトにこだわりつつ、ユーザーの課題解決に貢献したいですね。
■大手では真似できない”尖った”製品をスピード開発
生態会 森(以下、森):「こんなの欲しかった!」というユーザーのニーズにピッタリはまる製品を次々に実現されていて、本当に素晴らしいです。設立したばかりのスタートアップにとって、ヒット製品を開発するのは難しいのでは?とも思うのですが、どうやって実現しているのですか?
山路: 私は長年、シャープで回路設計、工場や生産設備の立ち上げ、品質管理など、液晶事業を中心に家電製造のあらゆる分野に関わってきました。そのなかで、いつも歯痒かったのは、「こういうモノが欲しい」「これはウケるはず」といった、ニッチだけれど確実にあるニーズに当てていくプロダクトが実現できなかったことです。「こういうのをつくりたいよね」と企画が進むが、大企業では多方面への承認で時間がかかる、そのうちリスクヘッジをし始めて”尖った”商品がどんどん丸くなり、面白みが抜けてしまう、普通っぽくなってしまうのです。
もちろん、大企業として月何千台〜という売上規模がないとビジネスが成り立たないので、そもそもニッチは攻められないということもありました。
同じ思いを、同僚エンジニアだった副社長の朱島も抱いていました。まずは、2人でプロダクト開発をはじめましたが、プロダクト自体のデザインはもちろん、箱を開ける時のワクワクや、触った時の質感まで、全てこだわって作り込むには、デザイナーが必要不可欠でした。そこで、社内のデザイナーだった黒澤も加わり、3人で会社を立ち上げました。
3人で新製品のアイデアを出し合い、自分達が本当に欲しいもの、かつ、まだ市場にないものを、製品として企画しています。企画が固まったら、すぐに市場調査でニーズを確認、ニーズが確認できたらCF実施という流れです。スタートアップとして「果敢さ」はありますが、私たちは「ものづくり」のプロでもあるので、開発パートナーや製造工場の選定、品質管理など、高品質・高機能・低価格を実現するノウハウもフル活用しています。「これ欲しい」「やってみたい」が起点なので、日々、とにかく楽しいですね。
森:「ものづくりの実力」だけでなく、なにを開発すべきかという「目利き力」もあるということが、CFの大成功でもよくわかります。
山路:そうですね。私たちは、独自技術を持ってるのではなく、既存の技術の組み合わせで勝負しています。アイデアとリサーチ力、スピード感には自信があります。経営陣は20代、30代、私が50代と世代も得意分野もバラバラです。それぞれの視点を活かしつつ、市場の反応に敏感に対応できていると思いますね。
■2021年の資金調達で、生産管理や販売力の強化を目指す
橋尾:2021年に、株式投資型クラウドファンデイングで資金調達をされていますね。この資金調達の狙い、今の課題などを教えてください。
山路:「HITFIT BikeⅡ」のECサイトや家電量販店での一般販売に向け準備を進めるため、2021年10月に株式投資型クラウドファンデイング「ファンディーノ」で募集を実施、17,280,000円を調達しました。
この資金調達により、まずは、人材の充実を図りたいと思っています。具体的には、生産拠点である中国に生産管理責任者を配置するほか、ECサイトの管理運営者、アフターフォロー管理者などを配置する計画です。
これまではCF限定で発売してきましたが、CFが終了した後、個人ユーザーだけでなく、家電量販店から「取り扱いたい」といった問い合わせを多くいただいています。例えば、4K超短焦点レーザープロジェクターは、美術館やイベント主催者などに好評で、全国を巡回する有名展覧会などで利用されていますし、「HITFIT Bike」はこれからの有望市場として、アメリカでのCFにもチャレンジ予定です。私たちの製品に対するニーズは確認できているので、一般発売に向け量産体制の確立、販売力の強化を図っていく予定です。
もうひとつ、中国に生産管理責任者が必要なのは、コロナやサプライチェーンの混乱といった、現在の世界的な情勢変化に対応するためでもあります。コロナ前は、私が月の半分は中国に行き、現地パートナーと試作〜製造を進めていました。それが、コロナで現地に行けなくなるなど、多くの予想外のハードルがあり、CFのリターン品である製品出荷が大幅に遅れてしまいました。ユーザーの皆さんには説明を重ね、無事に全て納品は完了しましたが、その間は、新規のCFプロジェクトをできず、結果的に、2021年は新製品が発売できませんでした。かなり大変でしたね。
スタートアップは、メンバーも資金も限られており、多くの課題があります。開発と量産の両方を実現できる体制を早期につくり、家電スタートアップとして大きく成長したいと思っています。
橋尾:品質、デザイン、使用感など御社の製品にはワクワクするばかりで、一般販売が実現し、店頭に並ぶ日が楽しみです。今日はありがとうございました!
取材を終えて:
「朝起きてから夜寝る瞬間まで、生活のあらゆるシーンで、何が欲しいか?どんな製品があればいいか?」を考え続けているという山路社長。取材でも、たくさんの新製品アイデアを楽しそうに教えてくれました。どのアイデアも「なるほど、それ欲しい!」とワクワクするものばかりで、家電が解決できる課題はまだまだ無数にあることが、よくわかりました。”尖った”製品をスピード開発するスタートアップならではの強みを活かしつつ、より多くのユーザーにEDGENITYの製品が届けられるよう、量産の早期実現を期待しています。(生態会ライター 森令子)
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