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  • 執筆者の写真和田 翔

小型船の自律航行で海の課題を解決!万博に向け、新たな移動体験づくりも



関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、株式会社エイトノットで代表取締役CEOを務める木村 裕人氏に話を伺いました。同社は小型船舶に後付けできる自律航行プラットフォームを開発し、海にまつわる課題解決に取り組んでいます。当記事では、国内で実施している取り組みや、今後の海外展開についても伺いました。


取材・レポート:垣端たくみ(生態会事務局)

和田 翔   (ライター)

 

木村 裕人(きむら ゆうじん)氏 略歴

カリフォルニア州立大学を卒業後、アップルジャパンで勤務。その後入社したデアゴスティーニ・ジャパンで、ロボティクス事業の責任者を務める。バルミューダでの新規事業立ち上げやフリーランス活動を経て、2021年3月に共同創業者である取締役CTO横山氏らとエイトノットを設立する。

 

海に親しんだ経験がきっかけに


生態会事務局 垣端(以下、垣端):本日はよろしくお願いします。まずは起業した経緯から伺いたいのですが、なぜ海に関わる事業に取り組もうと考えたのでしょうか?


木村 裕人氏(以下、木村氏):カリフォルニアで大学生活を過ごした経験が大きく関わっています。当時は海に近い環境で、サーフィンやSUP(※)などを通じて海に親しむ暮らしを送っていました。沖合から一面の水平線を見た時の感動は、今なお忘れられないほどです。


※SUP:Stand Up Paddleboard の略称。ボードの上に立ち、パドルを使って海上を進むマリンスポーツの一つ。


ライター 和田(以下、和田):ただ、大学を卒業してすぐに現在の事業を立ち上げたわけではないんですよね?

ヒト型コミュニケーションロボット「ロビ」
「ロビ」(出典:PR TIMES)

木村氏:そうですね、大学卒業後はアップルジャパンに勤め、その後に入社したデアゴスティーニ・ジャパンでは、コミュニケーションロボット「ロビ」のプロジェクトを手がけました。


その後、紆余曲折があって「自分の力でどこまでやれるか試したい」と考え、フリーランスとして独立したんです。様々なプロジェクトに携わり経験を積めましたが、一方で独力の限界も感じ、今度はチームを作ろうと考えるようになりました。


小型船舶をターゲットに、海の課題解決へ


和田:ロボット開発のプロジェクトなどで積んだ経験と、海をフィールドとする現在の取り組みは、どのようにつながったのでしょうか?


木村氏:帰国してから様々な経験を積みながらも、実はずっと「日本は島国なのに、人と海との心理的な距離が遠いな」との思いも抱いていたんです。


和田:「心理的な距離」ですか。どんなときに感じるんでしょう?


木村氏:「目の前の海を突っ切って移動できれば早いのに」なんて場面は、日常的によくあると思います。ただ、そんなときでも陸路で回り道をするのが当たり前で、船の移動などが選択肢に挙がることはありませんよね。


和田:確かに、日常の中で海や川の上を移動しようと考える場面は少ないかもしれません。


木村氏:そんな問題意識を日ごろ考えているうちに、自分が取り組んできたロボティクスのノウハウで「心理的な距離」を縮められるのでは、と考えるようになりました。


実際に調査してみると、船舶を使った事業にはテクノロジーの導入がうまく進んでいないことがわかってきたんです。さらに、人手不足やヒューマンエラーによる事故などの大きな課題があるのに、解決を目指す取り組みもほぼ見つからない状況でした。そこで「自分が取り組むべきはここだ」と強く思うようになりました。

オンラインインタビューの様子

和田:大型船や小型船、色々な船があると思いますが、特に御社がターゲットに定めているのはどんな船でしょうか?


木村氏:私たちがターゲットにしているのは、20トン未満の小型船舶を扱って事業に取り組む方々です。小型船舶と聞くと、小規模なマーケットを想像するかもしれませんが、国内には約31万5000隻の小型船舶があり、日本にある船舶のうち約98%を占めているんです。


小型船舶といっても、物を運んだり、漁業をしたり、大型船の入港時に水先案内をしたり、さまざまな役割があります。実はこれらの小型船舶が、海の物流や交通、産業などを支えている点は強調しておきたいポイントですね。


船はフルオートで動く時代に?


(画像提供:エイトノット)

和田:それでは、御社が開発する自律航行システムについて教えていただけますか?


木村氏:私たちが開発する「エイトノット AI CAPTAIN(以下、AIキャプテン)」は、船に後付けできる自律航行プラットフォームです。20トン未満の小型船舶に、各種センサーやコンピューターボックス、船の制御系に信号を送る基盤などを搭載し、全自動で安全な航行を実現しています。


操作も簡単で、「カーナビ感覚で使えるシステム」と考えていただけるとわかりやすいでしょう。船内のタブレット端末に目的地を入力すると航路が自動で生成され、離岸から着岸まで全自動で船を動かすことができます。また、他船や障害物をセンシングして回避しながら航行できるのも特長の一つです。


(画像提供:エイトノット)

和田:全自動で船を操縦してくれるシステムなんですね。


木村氏:加えて、遠隔地からのモニタリング機能もあります。船に取り付けたカメラで撮影した360度の映像をクラウド経由で陸側に送り、航行を開始・停止することが可能です。将来的には、船自体は無人で動き、“陸上の船長”のような役割のオペレーターが、複数の航行を監視する、といった世界観を目指しています。


和田:2023年1月に広島県で、AIキャプテンが搭載された小型EV船を使って、水上タクシーの営業を実施したと伺いました。その実証では、どんな収穫が得られましたか?


木村氏:一番の収穫は、全ての日程で事故なく安全に営業できたことだと思います。実際に営業している姿を発信して「自律航行船が走る未来がすぐそこまで来ている」と、世間に知らしめることができた点も大きいですね。


また、この実証は旅客船の事業者と連携して行いました。実際に運行を担当した船長さんから細かなフィードバックを頂き、技術的な改善点が見つかったことも、今後の完成度を高めていくための収穫だったと言えます。


(画像提供:エイトノット)

大阪・関西万博を見据えた「移動体験づくり」


和田:今年9月、実証実験のフィールドでもある広島県に新たなオフィスを開いたと伺いました。一方、本社は大阪府に置かれていますが、こちらを拠点としているのはなぜですか?


木村氏:実は起業前から、堺市にあるマリーナ(※)と仲良くさせてもらっていて、初期のプロトタイプ船を作るときにも協力していただいた経緯があります。そんなご縁もあって、現在も堺に拠点を置いています。


加えて、2025年には大阪・関西万博があります。海上の人工島が開催地なので、私たちが活躍できるフィールドですし、世界に発信するいい機会でもあると考えています。堺に拠点を置くのは、そうした戦略的な考えもあってのことです。


※マリーナ:ボートやヨットなどを係留・保管する機能のある港湾施設


和田:万博といえば、大阪でも実証実験を行いましたよね?


木村氏:はい、今年4月に大阪湾で初となる自律航行船の実証実験を行いました。この実証は堺市の「サイクルシップ実証実験」の一環でもあって、堺市内から走行してきたサイクリストを自律航行船に乗せて湾内を航行しました。


(画像提供:エイトノット)


和田:昨今、複数の移動手段をシームレスに組み合わせて提供するMaaS(Mobility-as-a-Service)が注目されていますよね。この実証もMaaSを意識したものなんでしょうか?


木村氏:もちろんその意識もあります。先ほど述べたように、船の移動は日常の選択肢に挙がりにくいのが現実で、その状況を変えるには、他のモビリティと連携してタッチポイントを増やす必要があると思います。


この実証ではシェアサイクルとの連携でしたが、そのほかにも、電動キックボードのシェアサービスを利用すれば、オプションで船にも乗れて、船内にはキックボードの充電スタンドがある、といったサービスなども考えられるでしょうね。


日本の海から世界の海へ


和田:最後に、今後の取り組みについて教えていただけますか?


木村氏: 組織の成長という点では、バックオフィスの強化にはこだわりを持って取り組んでいきます。極端な話、私がいなくても組織として動けるくらい、自走力を持った仕組みを作るのが目標です。


また、これからを考えて重視したいのが、海外に向けた取り組みです。日本に約31万隻ある小型船舶の市場も、世界から見ればごくごく一部ですから、海外での事業を伸ばすことが会社の成長につながると考えています。今年中に戦略を決めて、来年には海外でのPoCを実施、再来年には事業化を目指す、そんなスケジュール感で取り組んでいます。


和田:海外展開については、どの地域に注力する方針でしょうか?


木村氏:詳細は検討中ですが、特定の国に絞る戦略はとらず、並行して攻めていこうと考えています。挙げるとするなら、ヨーロッパや北米、東南アジアがターゲットです。


東南アジアでは渋滞が社会問題となっている都市が多く、すでに水上タクシーを使っている事例もあります。都市の抱える課題や市場の規模、事業化のしやすさなど、総合的に考えながら進めていく方針です。


和田:差し支えなければ、すでに動き出している取り組みについても教えてください。


木村氏:具体的に動いているのはヨーロッパ市場ですね。経済産業省が主催する起業家育成・海外派遣プログラム「J-StarX」への参加が決まっており、10~11月の期間でフランスに滞在する予定です(※)。


(※インタビューを実施した9月下旬時点の情報)


パリ市内では渋滞が社会問題となっていて、例えば、家具販売大手のイケアはセーヌ川に物流拠点を持っています。そうした事例のように、すでに河川を利用した物流については顕在化したマーケットがあるんですよ。


ロンドンについても情報収集を続けているほか、自律航行船の技術が進んでいる北欧諸国には、私たちのライバルとなる企業が大勢います。そうした地域での展開についても、戦略を練っていこうと考えています。


垣端:本日は、お時間をいただきありがとうございました!

 

取材を終えて

木村さんから伺った日本の小型船舶の数は、約31万5000隻。全国のバスとタクシーの台数がいずれも約22万台ですから、規模の大きさに驚かされました。この数字を見ても、エイトノットが取り組む船の自律航行には強いニーズがあると伺えます。


「水上の体験は、陸では味わえない独特の体験」との言葉も印象的でした。移動や物流、レジャーまで、自律航行の船を利用するのが当たり前の未来が近々訪れるかもしれません。


なお、11月にエイトノットは「Global DeepTech Accelerator Osaka」に採択されたと発表しました。このプログラムは、ディープテック領域のスタートアップを対象に、大阪府とCreww株式会社が海外進出に向けた伴走支援を行うもの。国内における課題解決はもちろん、記事の後半で明かしてくれた海外展開についても要注目です。

(ライター 和田 翔)



【生態会から重要なお知らせ】






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