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世界初 京大が生んだガンマ線の“完全”可視化技術で、廃炉・医療・宇宙に挑む

  • 執筆者の写真: 和田 翔
    和田 翔
  • 43 分前
  • 読了時間: 8分


関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、エルライ株式会社で、代表取締役を務める吉田 正 氏に話を伺いました。


同社は、ガンマ線(放射線の一種)を画像で捉える世界初のカメラ技術「ETCC(Electron Tracking Compton Camera=電子飛跡検出型コンプトンカメラ)」の開発・提供を行っています。


原発の廃炉から医療、宇宙開発まで応用の幅が広がるこの技術は、私たちの未来をどのように変えていくのでしょうか? また、法学部出身・元銀行員という経歴を持つ吉田さんが、なぜエルライの立ち上げに至ったのかも伺いました。


取材・レポート:垣端たくみ(生態会事務局)

和田翔    (ライター)

吉田正(よしだ ただし)氏 略歴

日本長期信用銀行(現 SBI新生銀行)に入行後、企業情報部部長などを務める。退職後は造船会社や医療系スタートアップの役員に従事。その当時、現取締役の谷森達氏(京都大学名誉教授)と出会い、ETCCの可能性を直感する。2023年8月、谷森氏・現技術顧問の高田淳史准教授(京都大学大学院理学研究科)とエルライを設立した。


これまで「完全可視化」はできなかったガンマ線


生態会事務局 垣端(以下、垣端):本日はお時間をいただき、ありがとうございます。早速ですが、エルライの事業概要から教えてください。

吉田 正 氏
吉田 正 氏

エルライ 代表取締役 吉田 正 氏(以下、吉田氏):一言でいうと、放射能の一種であるガンマ線を「カメラで測る」会社です。これまで一般的に行われてきたのは、「計器で数値を測る」方法でした。言ってみれば、体温計を脇の下にはさんで測るのに近いイメージですね。それに対して私たちの技術は、カメラのようにガンマ線を「画像で可視化」することが可能です。


ライター 和田(以下、和田):ガンマ線は放射能の一種とのことですが、アルファ線やベータ線、X線とは違うものなんですか?


吉田氏:それぞれ違います。赤外線・可視光・紫外線・X線、と光の波長が短くなっていき、ガンマ線はその一番端、波長が極めて短い電磁波です。このことが、可視化を難しくしている要因にもつながっています。


和田:その難しさというのは、どういうことでしょう?


吉田氏:画像として可視化するには「集光」が必要なんです。虫眼鏡で光を一点に集める、あんなイメージが近いですね。一般的なカメラはレンズで集光しているから画像にできます。ところがガンマ線は波長が原子核ほどの大きさしかないので、レンズも鏡も全部すり抜けてしまうんです。


和田:御社の技術はその課題をどうやって解決したんでしょうか?


吉田氏:ガンマ線は波長が短く、「粒」としての性質が強くなります。ですから「粒を一個ずつどこから来たかを特定する」という方向で研究が進んできました。


1970年代に「コンプトンカメラ」という技術が誕生したのですが、それでも長らく正確な測定はできませんでした。コンプトン散乱(※ガンマ線が物質中の電子に当たって方向とエネルギーが変わる現象)が起きるとき、跳ね飛ばされた「電子の向き(ベクトル)」を測る技術がないため、ボケた映像しか撮れなかったからです。


2017年に谷森教授(当時。現在は名誉教授、エルライ取締役)がその電子のベクトルを測る技術を確立して、世界で初めて「ピントが合う」ガンマ線画像が撮れるようになりました。それがETCCです。


ETCCの仕組みのイメージ
ETCCの仕組みのイメージ

遠くから、まとめて、3次元で


和田:ガンマ線を画像で測れるようになって、どんなメリットがあるのでしょうか?


吉田氏:大きく3つ挙げられます。1つ目は「遠くから測れる」こと。従来の計器だと近くで測らないと精度を出せませんが、ETCCなら離れた場所からでも正確に計測できます。さらに「遮蔽物の向こう側も測れる」点が大きなポイントです。


ETCCを搭載した測定機の外観
ETCCを搭載した測定機の外観

和田:2つ目のメリットも教えてください。


吉田氏:「まとめて測れる」ことです。再び体温計の例で説明すると、通常の体温計だと1人ずつしか測れませんが、赤外線カメラであれば画角に入った対象を一度に測ることも可能ですよね。ガンマ線の計測も同じで、ETCCを使うことで広い範囲を一度に計測できるわけです。


最後のメリットが「3次元で測れる」ことです。ETCCを複数台用いれば、放射線がどこにどれだけあるかを立体的に把握できます。日本原子力研究開発機構(JAEA)と京都大学で2022年に実施した実験では、立方体の中の放射線分布を3次元画像として取得できました。


インタビュー中の様子
インタビュー中の様子

和田:原発の事故対応にもつながる話でしょうか?


吉田氏:そうですね。事故が起こると放射性物質を含む雲、いわゆる「放射線プルーム」が発生します。2011年に福島第一原発で事故が起こった当時は、それがどの方向に流れるか正確には分からず、結果として風下に避難してしまう人もいました。連続した画像で雲の動きを動画のように捉えてシミュレーションすれば、天気予報のように放射線の流れも予測可能だと考えていて、そのような応用も視野に入れています。


唯一無二の技術に感じた可能性


垣端:会社を立ち上げた経緯についても教えてください。


吉田氏:谷森さんがETCCの研究を始めたのは2000年に京大に着任したころで、20年以上の蓄積があります。私が関わるようになったのは2022年ごろで、医療系のスタートアップの役員を務めているころでした。ちょうどその年の冬、原子力規制庁から谷森さんに研究費の打診がありました。条件として「研究で終わらせず、製品化まで」という強いニーズがあり、最初はパートナー企業を探したそうです。


取締役 谷森 達 氏(京都大学名誉教授)
取締役 谷森 達 氏(京都大学名誉教授)

ただ、各社と協議はしたものの「製品化の道筋が見えてから検討する」といった反応で、提携までには至りませんでした。「それなら自分たちでやるしかない」と谷森さんが会社の設立を検討しはじめたところに、その話を聞いた私が「ぜひ一緒にやりましょう」と参画し、エルライを立ち上げることになりました。


和田:吉田さん自身がこの道を選んだ決め手はなんだったのでしょうか?


吉田氏:正直なところ、直感です。当時の私は、谷森さんたちの研究の詳細はおろか、ガンマ線などの放射線に関する知識をよく理解していたわけでもありませんでした。でも話をよく聞いて「これは可能性がある」と強く感じたんです。その決断が正しかったかどうかは、これからはっきりしてくると思います。


廃炉から宇宙まで、広がる応用の幅


和田:現在の主な取引先と活用できるシーンを教えてください。


吉田氏:特に進んでいるのは、原発の廃炉作業での活用です。2025年には関西電力との共同研究にも採択されました。廃炉現場では、放射性物質がどこにどれだけあるかを計測しながら、安全に解体作業を進める必要がありますから、ETCCの強みを発揮できます。


和田:それ以外の分野ではいかがでしょうか?


吉田氏:医療分野での展開も進めています。マウスを用いた実験では、陽電子放射断層撮影(PET)用の薬剤を投与して、薬剤がマウスの体内を移動する様子の画像化にも成功しました。セラノスティクス(診断と治療を組み合わせた医療)への応用を追求しています。


それから、宇宙・月面資源探査では、2025年にNEDOのSBIR推進プログラムに採択されていますし、核融合炉のプラズマ制御などにも応用範囲を広げているところです。


可視光カメラが顔認証や自動運転といった産業領域を発展させたように、京大発・JAEA発のスタートアップとして「放射線イメージング」で新しい産業の創出を目指していきます。


垣端:今後の成長に向けて、課題になっていることはありますか?


吉田氏:人材採用に注力していきたいですね。私たちにとって研究者の採用は、設備投資に等しく重要で、事業の核であるデータ解析を担える人材をもっと増やしたいと考えています。私たちが取り組んでいる内容からいえば、素粒子・宇宙線の分野を研究していた人材との親和性が高いと思います。


垣端:今回の取材が課題解決の一助になればと思います。本日はありがとうございました!


研究者たちに聞いた「エルライで働くこと」


吉田氏との取材を終えたあと、エルライで勤める主任研究員の2人にも、話を聞かせていただきました。


写真左から、主任研究員・園田氏、吉田氏、主任研究員・武石氏
写真左から、主任研究員・園田氏、吉田氏、主任研究員・武石氏

Case 1/主任研究員・園田真也氏


和田:エルライで働く魅力を、どんなところに感じていますか?


園田氏:私たちの研究は、原発の廃炉をはじめ、必ず社会の役に立てると考えています。そこを目指して働ける点が大きな魅力です。


和田:今後、エルライにどんな人材が入ってくれるといいと思いますか?


園田氏:弊社の研究は実験・機器の部分と、データ解析の部分、つまりハードとソフトの両方に精通している必要があります。物理を研究してきた人ならどちらも経験しているはずなので、そういう人たちと一緒に働いていければうれしいですね。


Case 2/主任研究員・武石隆治氏


和田:もともと宇宙線の研究をされていたと伺いました。なぜエルライに加わることに決めたのでしょうか?


武石氏:宇宙でも地上でも、放射線が起こす物理現象は同じです。これまでの知識を応用して、今ある問題をどうやって解決できるのか、自分の目で確かめてみたいと思いました。


和田:エルライが今後どうなっていけばいいと思いますか?


武石氏:この技術が社会に貢献できることは確かなので、世の中で広く使われるようになることが一番ですね。多様な人が集まって、それぞれの知識を持ち寄りながら開発を進めていければ、と思います。


【取材を終えて】

園田さんと武石さんの前歴は、いずれも京都大学に籍を置く研究者でした。創業初期のスタートアップに加わることは、決して簡単な決断ではなかったはずです。しかし2人とも、「社会貢献」ができる技術を研究できることに確かな充実感を抱いているようでした。


一方の筆者は、恥ずかしながら高校時代に最も苦手だった科目が物理で、しっかり予習したつもりで取材に臨んだものの初歩的な質問を重ねてしまいました。そんな中でも代表の吉田さんは、体温計や赤外線カメラなど、次々と身近な例えを繰り出しながら丁寧に説明してくれました。


法学部出身で銀行に長く勤めた経歴を持つ吉田さん自身も、かつてゼロから知識を積み上げていったそうです。翻ってみれば、専門外の取材者にさえ多大な可能性を実感させてしまう、そのこと自体がエルライの技術の凄みをよく示しているのだと感じました。


(ライター 和田翔)






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