関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は「レーザー核融合商用炉」開発を目指す国内唯一の民間企業であり、大阪大学が世界に誇る研究を軸に設立された阪大発スタートアップ 株式会社EX-Fusion(エクスフュージョン)のFounder & CEO 松尾 一輝さんにお話を伺いました。
取材:西山 裕子(生態会事務局) 森令子 (生態会ライター)
Founder & CEO 松尾 一輝氏 略歴
1992年生まれ、岐阜県出身。大阪大学大学院 理学研究科 物理学専攻 博士後期課程修了(理学博士)。高速点火核融合研究の世界的研究者であり、高速点火方式核融合の研究に注力し、この方式が従来のレー ザー核融合方式と比較して効率的に核融合プラズマを加熱できることを実証(K. Matsuo et al. Phys. Rev. Lett. 124, 35001 2020)。
2020年博士課程修了後、カリフォルニア大学で研究継続も起業のため帰国。2021年7月会社設立。EX-Fusion社として第3回大阪テックプラングランプリ「最優秀賞」「ヤンマー賞」ダブル受賞
国内唯一!「レーザー核融合商用炉」の実現を目指す
生態会 西山(以下、西山):本日はありがとうございます。まずは、会社概要を教えてください。
株式会社EX-Fusion Founder & CEO 松尾 一輝(以下、松尾):僕たちは「レーザー核融合商用炉」実現のために設立した、大阪大学発スタートアップです。
阪大のレーザー研究は50年の歴史があり、長年、世界をリードしてきました。なかでもレーザー核融合研究は、化石燃料に依存しない次世代エネルギー実現に向け、世界に先駆けた研究を行なっています。核融合商用炉の開発をミッションとする企業は、日本では僕たちだけです。
レーザー核融合発電は、二酸化炭素の排出なしで大規模な電力が提供でき、海水中に豊富にある資源(重水素など)を燃料とするなど、無尽蔵でクリーンな”究極のエネルギー”です。海水があれば、技術も資源もない国でもできる公平な技術であり、国土が狭く、原子力発電新設が難しい日本でこそ推進すべき新エネルギー産業です。僕たちは、日本が世界に誇るレーザー核融合技術によって、世界のエネルギー市場を変革し、脱炭素社会を実現することを目指しています。
西山:世界を変えるような、すごい技術が大阪にあるんですね。レーザー核融合について、もう少しご説明いただけますか?
松尾:核融合発電は、燃料である重水素と三重水素(どちらも、水素の同位体=水素の仲間)の原子核がくっついて、より重い原子核に変わるときに非常に大きなエネルギーがでることを利用した発電方法です。太陽や恒星の内部で起きているのと同じ反応なので、「人工の太陽」などどもいわれます。
(生態会追記:松尾さんの研究を報じた2020年1月ニュース記事「核融合実用化へ一歩…太陽の中心の1割に匹敵するプラズマ生成に成功 〜大阪大学レーザー科学研究所の松尾一輝大学院生と藤岡慎介教授、千徳靖彦教授らは、太陽の中心の1割に匹敵する200億気圧のプラズマ生成に成功〜」 )
核融合発電には、レーザー、磁場閉じ込めなど主に3つの方式があります。阪大で研究しているのはレーザー核融合方式(下図の一番右)です。
レーザー核融合発電で、発電量を決定するのはレーザーのパワーです。装置が巨大であれば大きなエネルギーを発電できますが、それでは実用化につながりません。アメリカのNIFは2021年夏、巨大な装置で発生エネルギー量の世界記録を樹立しましたが、僕が阪大で行なった研究は、それよりも2桁以上効率的でした。僕たちの手法が現在、世界一効率的なレーザー核融合発電なのです。
核融合のなかでも、レーザー方式にこだわっていることにも理由があります。磁場閉じ込め方式の核融合発電は、装置サイズで発電量が決まり、常に一定のエネルギーが発生します。一定量を発電し続けることは、ベースロード電源としては素晴らしいのですが、日本の電力需要はご存知のように増減するので、発電量をコントロールできなくては困ります。レーザー方式では、燃料にレーザーをあて圧縮することで瞬間的に発電させます。反応頻度を調整することで、発電量を自由に増減できるのです。
太陽光、風力なども発電量が自然に左右され、コントロールできません。発電量を需要に合わせて増減させられる唯一のクリーンエネルギーが核融合だと考えています。
レーザー核融合発電の安全性についても、原子力発電と比較して説明しますね。原子力発電は、核分裂反応によりエネルギーと廃棄物を発生させる発電方法ですが、“制御不可能” “高レベル放射性廃棄物”という、2つの大きな問題があります。原発燃料「ウラン235」は勝手に分裂し続けるので人間の手では止められませんが、核融合は制御可能です。燃料をぶつけて融合させるのが核融合なので、装置が止まれば反応も終了、暴走しないのです。廃棄物についても、核融合で生成されるトリチウムは低レベルの放射性物質で、原発と比較し安全性が高いといえます。
世界最先端のレーザー核融合研究者から、起業家に転身
西山:松尾さんは、阪大で大きな研究成果をあげてこられた、世界的な研究者でいらっしゃいますね。なぜ、スタートアップというビジネスの世界に転じたのですか?
松尾:僕は、元々、起業志望ではなく、レーザー核融合に大きなロマンを感じて研究してきました。ただ、商用炉実現のためには、制約が多い国立大学での研究だけでは不可能、民間企業で開発する必要があるとずっと思ってきました。
核融合は世界で研究されています。専用施設はNIF(アメリカ、国立施設)、ITER(フランス、日本も参加する国際プロジェクト)、EAST(中国、国立)など世界5箇所にありますが、どれも国家レベルのプロジェクトばかりで、日本だけ大学(大阪大学レーザー化学研究所)が研究主体となっています。国外では、国防に絡む国立研究施設がレーザー核融合の研究も行っており、簡単にベンチャー企業を設立することはできませんが、阪大ではエネルギーとしての核融合を純粋に追求でき、大学発スタートアップを設立すれば研究成果を活用したビジネスも可能です。これは、唯一無二のポジションなんです。
さらに、世界的にも「今やるべき」というタイミングです。脱炭素社会に向けたグローバルな動きにおいて、核融合商用炉の重要性は高まっており、”ネクスト宇宙産業”として大変期待されています。欧米ではすでに数千億円を調達したスタートアップもある注目の分野で、グーグルは「TAEテクノロジーズ」に、ビル・ゲイツは「コモンウェルス・フュージョン・システムズ」に、ジェフ・ベゾスは「ジェネラル・フュージョン」にと、投資家が核融合関連のスタートアップに続々と投資しています。
ここ1〜2年でお金の流れが明らかに変わり、各社とも資金や人材をどんどん集めています。これまでとは全く異なるスピードで開発が進んでいくはずです。どの方式でどこが実証するかわかりませんが、とにかく一番を目指すためには、スタートアップ企業として、自分たちの裁量で大きくリスクを取り、スピード感を持って技術開発にチャレンジするしかありません。どうせやるなら覚悟を決めようと大学職も辞し、2021年夏に会社を設立しました。「日本にはこれしか抜本的なソリューションはない」「今、僕たちがやるしかない」と論理的にも考えています。
西山:”ネクスト宇宙産業”とはワクワクしますね!経営体制や具体的な事業内容についても、教えてください。
松尾:当社の森 芳孝Founder & CTOは光産業創成大学院大学准教授、レーザー研究者です。光産業創成大は、最先端の「光」技術を持つ浜松ホトニクス株式会社がレーザー核融合研究推進のために創立した大学で、阪大との共同研究も数多く行ってきています。増田 晃一 CROはビジネス面を担っています。ユニコーンスタートアップから巨大IT企業まで、主にアメリカでのキャリアを有し、資金調達や事業戦略のほか、海外VCや海外PRなどのグローバル窓口も兼ねています。
また、株主として松尾と森のほか、藤岡慎介 阪大教授が出資しています。藤岡教授は阪大レーザー化学研究所の副所長で、レーザー核融合技術の日本トップの研究者です。僕の指導教員でもあります。
多くの産業で活用されるレーザー技術。受託研究や技術提供も積極展開予定
会社名「EX-Fsusion」には、僕がやりたいことを全部詰め込みました。阪大のレーザー核融合技術の出口(EXIT)を担いたい。そのために、EXTRACT(エネルギーを取り出す)、EXPLORE(応用技術の探求)、EXPAND(さらなる可能性の追求)の3つを推進していきたいという思いです。
僕たちのミッションは、商用炉実現による新エネルギー産業創出です。核融合は理論的には確立しており、必要なのは周辺の要素技術の開発という段階です。発電の効率や出力など核融合自体の研究は、大学やパートナー企業と進めつつ、連続運転技術やエネルギー回収システムなど、足りない周辺技術を僕らが補っていくという道筋を描いています。その過程で、開発技術を既存産業へ展開していく予定です。例えば、レーザープラズマの応用研究を受託したり、日本の産学の技術をパッケージ化して、海外へ部分的に販売したりといったことですね。
レーザーは汎用性が高く、核融合以外でも多くの産業で活用可能です。レーザー推進ロケットや、ガン治療などの医療機器、切断やピーニング(叩く)などレーザー加工、次世代半導体技術とされるEUV光源としても期待されています。他にも、電磁パルス(EMP)から電子機器を保護するシールド開発などの可能性もあります。
生態会 森:商用炉の実現はいつごろを目指していますか?
松尾:皆さんお聞きになりますが、正しく答えるのが、とても難しい質問です(笑)。資金調達から8~13年でも技術的実証を目指しています。まずは、ターゲット導入装置(燃料である重水素氷のペレットを連続射出する装置)を1年くらいで開発予定です。資金や人材など僕たち側のハードルだけでなく、法律を含めた社会基盤の整備など、様々なことを実現していく必要があります。とにかく急がなくてはなりませんね。
森:確かに、エネルギーは社会の重要な基盤であり、1社だけで解決できる問題ではありませんね。社会変革を目指すためにも、まずはどのような提携・協業が必要なのでしょうか?
松尾:関西発の技術として、関西のエネルギー会社、要素技術を持つ関西の製造業など、地元の企業と積極的に提携し、周辺技術の開発を加速したいです。具体的な話し合いもすでに数社と進めています。
会社設立後、本当に多くの方から関心を寄せていただき、日本の経済界・産業界にはレーザー核融合の可能性を信じる方が、すごくたくさんいることを実感しています。イギリスが最近、核融合に関する基本法を制定し、積極姿勢を打ち出したように、日本でも省庁単位というより、国として推進する方針を早期に固めてほしいと思っています。そうすれば、宇宙産業のように、経済界も積極的に動きやすくなるはずです。
西山:私が阪大で学んでいた頃、時代の流れもあり、原子力学科にすごく活気があったことを覚えています。御社のミッションは、未来を形作る壮大なものですから、おっしゃる通り、国としての積極姿勢や、産官学での連携は欠かせないということですね。
松尾:そうですね、さらに言うと”日本のために1個”というより、TTPなど国際的な枠組みを活用した最初の商用炉を、まずは日本に作りたいと思っています。世界中で新エネルギーを展開するために、僕らが技術の普及や教育にも携わっていく、そんな将来を実現していきます!
取材を終えて
取材後、VCのANRIからの1億円の資金調達や、先進テクノロジー企業ジェイテックコーポレーションとの技術提携などのニュースが、次々と発表され、取材でお話いただいたことを、着実に実現されている様子が伺えます。
<EX-Fusion社ニュースリリース>
「世界的に”大阪”が主語になる技術はレーザー核融合だけ、日本が世界に誇る研究です」と話されていた松尾さん、研究者としての実績、世界のエネルギー市場変革を目指す壮大なビジョンに加え、資金調達や企業提携などを進める経営手腕も素晴らしく、関西発のディープテックスタートアップとして、世界的な躍進を期待しています!(生態会ライター 森令子)
私どもがやっているINU公開講座>物理哲学講座
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もいいですよ。
私は宇宙物理学者、自然哲学者です。学会から離れベンチャーを立ち上げる勇気は無かった。もともと名誉と金には興味がない。
2023/02/02 INU研究機構:学長・教授久保
良い取材番組だと思います。
2023/01/02 INU研究機構:学長・教授久保