関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、PHR(パーソナルヘルスレコード)シェアアプリHifu-Med(ヒフメド)で皮膚科医師-患者間での日常記録を共有し、個別化医療の促進を目指す株式会社Genon高原千晶さんにお話を伺いました。
取材・レポート:橋尾日登美(生態会事務局)
八木曜子(生態会ライター)
株式会社Genon 代表取締役 高原千晶(たかはら ちあき) 氏 略歴
1993年生まれ。大阪調理製菓専門学校卒業後、㈱ルピノー入社。先天性のアトピー性皮膚炎と合併症の自家感作性皮膚炎を発病。ドクターストップが2回かかり重度の皮膚疾患者で寝たきりになる。17年 ㈱MonotaROに入社。CS、営業に従事。20年にサービスの準備中に皮膚科クリニックに勤務、問診やクラーク事務を担当しながらサービスを構築後、22年に会社設立。22年5月に即調達し7月にβ版リリース。管理栄養士資格保持。
■自身の重度のアトピー経験からテーマが定まる
生態会 八木(以下、八木):本日はお時間いただきありがとうございます。まずは高原さんのご経歴とGenon設立の経緯を教えていただけますか。
株式会社 Genon高原さん(以下、高原):もともと遺伝子や栄養学に興味があり、幼い頃から独学で学んでいました。その中でもお菓子づくりは科学のような再現性を感じていて、大阪調理製菓専門学校を卒業後パティシエとして3年勤務しました。
しかし、アトピーの重症化のために1年ほど包帯を全身に巻きながら自宅療養することになり、パティシエを辞めざるを得ませんでした。
退職後、デジタルやネットへの関心があったことから、モノタロウで営業やCSの仕事をしていました。ですが、その間もアトピー症状が安定せず、「私はもういまあるサービスや治療法では治らないから、この肌をテーマに起業しよう」と決め、2020年8月に起業準備を始めました。各種のピボットを経て、2022年1月20日に株式会社Genonの法人登記をしました。
八木:大変な経験をされたのですね。なぜ直接的に医療の道でアトピーを直す方向に進まず、起業に選んだのですか?
高原:母が開業医で妹が鍼灸関係など、家族全員が医療関係で、開業が身近な家庭環境で育ちました。そして同じく家族全員が皮膚疾患を持っているため、昔から家庭内で皮膚疾患医療の限界について話す機会をよく持っていました。
「結局医療の道に進んでも眼の前の少人数しか治せない。そのため、広く課題解決したい場合はスタートアップ系に進んだほうがいいのではないか」と家族からアドバイスをもらったこともあります。その影響もあり、スタートアップを選択しました。
■肌疾患の遺伝的要因はまだ研究されていない
八木:初歩的な質問ですが、そもそもアトピーはどうやって起きるのですか?
高原:アトピーはアレルギーなどの外部要因、ストレスと遺伝的要因の3つが関連して発症します。これまでは外部要因とストレスだけ研究されていますが、ゲノムのところまでデータを取ることができていなくて、遺伝的要因の研究が進んでいません。
ようやく最近データ採取や分析が可能になってきたこともあり、将来的には診療とゲノム情報を組み合わせてサービスを作ろうと考えています。
ヒフメドは患者主体の医療サービスなので、このサービスでデータを貯めることにより、将来的に皮膚病を遺伝子の点から解決していくことができると考えています。
実は1年以上ずっと遺伝子検査の事業をしようと挑戦していたのですが、何度もピボットして、ようやく肌に焦点が定まりました。皮膚病は命に直結する診療科ではないがゆえに、皮膚病の遺伝子検査だけではペインが弱いのです。
また遺伝子を扱う場合倫理的問題からサービスとして成立しにくいこともあり、ヒフメドに特化して始めました。これからはヒフメドをメインに、遺伝子事業と両軸にして事業展開していく予定です。
■アプリで患者と医者の治療経過共有問題を解決
八木:そういった経緯からヒフメドに特化されたんですね。ではヒフメドのサービスを詳しくお話してください。
高原:ヒフメドは皮膚疾患の診療補助パーソナルヘルスレコード(PHR)アプリです。皮膚疾患の日常記録を残すことで患者を分析し、医師と共有して個別化医療を推進ができます。皮膚科医療現場の治療サポートを実現するものです。
現在、皮膚科の現場では診察時間不足、治療経過が追えない、ミスコミュニケーション等が頻発しています。その結果、医師不信、継続患者の減少、新規患者の続出が現場の課題として浮かび上がっているような状況です。
負のスパイラルからどうしても短くなってしまう診療時間の中で医師とうまくコミュニケーションがとれず、信頼関係を築けないまま病院を転々として、治療データが溜まらず、治療が難航してしまうのです。
こういった課題に対してもヒフメドによって、医師-患者間のコミュニケーションギャップを埋め、継続通院率UP、患者の満足度UPが可能になります。アプリによって診療の中で患者が適切に症状と治療経過の情報を伝えることができるので、医師も適切な治療に関する情報が伝えやすくなります。
そのような信頼関係に基づく継続的な治療を通じ、患者自身がリテラシーを向上させ、自分自身で考えて慢性疾患の治療・予防ができることを目指しています。
八木:医師と患者双方から求められているサービスなのですね。競合はありますか?
高原:製薬会社とデータ共有しているサービスはすでにありますが、ドクターと直接つながっているのがユニークポイントです。個人情報の観点から、医師への情報共有に対しては患者自身が記録して伝える方法しかありません。その結果、今現在の慢性皮膚疾患患者はご自身でノート等によって記録をとって伝えているような状況です。
八木:ドクターと共有できる点がこのサービスの魅力なのですね。ビジネスモデルはどのようにお考えですか?
高原:B to Bでクリニックへの導入をメインに考えています。アプリのβ版が7月に出たところで、いまはドクター同士、患者同士の情報共有で広まっています。
これからは認知拡大を目指すフェーズです。2023年4月に皮膚疾患患者の約1000万人に対してアプリDL12,800人、350院提携病院を目指しています。そのためにメディア対策や慢性患者コミュニティなどへの情報提供などを進めています。
八木:これからが楽しみですね。それでは組織について聞かせてください。
高原:現在はインターンや業務委託含めて8名が関わっています。共同代表の高砂好は私と同じくアトピー疾患経験があり、ユーザーインタビューで出会って参画してくれました。
顧問としては、皮膚科医の後藤和哉先生や、弁護士の千葉直愛先生が参画しています。プロダクトは私と高砂がメインで作っています。エンジニアを中心に採用も注力しています。
調達に関しては、資金調達開始以降イーストベンチャーズ・ガイアックス・個人投資家4名等から調達済みで、2023年も1億円程度の調達予定です。今後も引き続き増資予定です。
八木:増資が続々と決まっているのですね。今後の展開はどのようにお考えですか?
高原:これからヒフメドを大きくして多くの慢性疾患の患者さんが「卒炎(炎症を卒業)」できる世界を目指していきたいですね。まずはサービス開始から2年で月次売上1億円を目標にしていきます。
取材を終えて:
ご自身の辛い原体験をもとにピボットを繰り返して診療サポートPHRアプリにたどり着いたという熱意と粘り強さを感じるお人柄でした。U25関西ピッチコンテスト【優秀賞】や、大阪市立大学ヘルステックアクセラレーションプログラム【最優秀賞】など、ビジネスコンテストでも多数評価されるなど、6パートナーから調達していることからも各方面からの期待を感じます。同社の動向には今後も目が離せません。(ライター八木)
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