関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、株式会社GramEye (以下、グラムアイ)で取締役を務め、医師免許を持つ山田達也氏に話を伺いました。同社は、世界的に深刻化の一途をたどる「薬剤耐性菌」の問題に取り組む、大阪大学医学部発のスタートアップです。課題解決につながるAI・ロボティクスを使った「グラム染色」の自動化とは、どのようなソリューションなのでしょうか?
取材・レポート:西山裕子(生態会事務局長)
和田 翔 (ライター)
山田 達也(やまだ たつや)氏 略歴
大阪大学医学部に在学中、細菌検査の主な手法である「グラム染色」の問題点に触れ、同級生の平岡氏(現・代表取締役)らと共に、学生団体としてプロジェクトを発足。2019年、慶応義塾大学が主催した医療系スタートアップ向けのコンテスト優勝などを経て、2020年5月に会社設立。その後、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のディープテック分野での人材発掘・起業家育成事業(NEP)や、研究開発型スタートアップ支援事業(STS)に採択される。現在までの累計調達額は助成金を含め9.65億円におよぶ。
薬剤耐性菌の問題と深く関わる“グラム染色”とは?
生態会事務局長 西山(以下、西山):本日はお時間をいただき、ありがとうございます。早速ですが、グラムアイの取り組みについて教えていただけますか?
山田 達也氏(以下、山田氏):私たちが取り組んでいるのは、「薬剤耐性菌」にまつわる問題です。薬剤耐性菌とは、抗菌薬の乱用や誤用によって、抗菌薬が効かなくなってしまった菌のことを指します。この問題は世界的に深刻化していて、2050年にはがんで亡くなるよりも多くの人が、薬剤耐性菌による感染症で命を落とすと言われています。
ライター和田(以下、和田):それほど深刻な課題に対して、どんな対策が講じられているんでしょうか?
山田氏:国内では厚生労働省がアクションプランを策定していて、中でも重要なポイントに挙げられているのが「抗菌薬をいかに適切に使用するか」です。具体的に有効な手段の一つに微生物検査、特に感染症の検査の一つである「グラム染色」があり、私たちはこのグラム染色に着目しました。
和田:グラム染色とは、どんな検査なのでしょうか?
山田氏:グラム染色は“色と形態で細菌を分類する検査”で、国内で年間6500万回以上実施されています。ただ、そのプロセスは煩雑で、痰(たん)や尿、血液といった検体をスライドガラスに塗りつけ、薬品で染色を繰り返し、乾燥後に顕微鏡に乗せて観察する、という流れになります。そして、菌の色や形から、例えば「これは大腸菌なんじゃないか」と菌種を絞っていく検査です。
和田:私たちが病院で診察を受けている裏側で、そんな煩雑な検査が行われているとは知りませんでした。
山田氏:この一連の作業のほとんどを、検査技師が手作業でやっています。ヒアリングを重ねていくと、多くの微生物検査室では、1~2人の検査技師が勤務時間の約40%をグラム染色に拘束されているとわかりました。
工程が煩雑であることに加え、判定に迷うケースも多数あるため結果を出すまでに半日、長いときは2日かかるのが実情です。さらに、ほとんどの病院では24時間365日の検査体制は整っておらず、夜間休日にグラム染色は行われていません。
その結果、医師としては「感染症であることはわかるが、どの菌が原因か特定できない」という状態で抗菌薬を処方してしまう場合があります。
和田:そう聞くと、私たちにも大いに関係する問題であることがよくわかります。
山田氏:さらに、「グラム染色の結果に自信を持てる」と答えた技師は、ヒアリングした全体のわずか6%に留まりました。目で見る検査であるうえ、高倍率の顕微鏡を使うので、検体のどの部分を見るかによって判断が変わってきます。すると、技師によって結果報告が変わってしまうことが起こり得ます。そういった意味で、グラム染色の属人化も問題点の一つだと考えています。
私たちは、こういった臨床側のニーズや問題点を解決できるソリューションの開発に取り組んでいます。
自動化できる検査機器は、現場でどう役立つのか?
和田:では続いて、御社が開発するソリューションについて教えてください。
山田氏:現在開発中の微生物・細胞染色分析装置「Magenta(マゼンタ※)」は、ロボティクスやAIを活用し、グラム染色の検査の自動化・省力化を行う医療機器です。AIや内部の重要なソフトウェアは私たちが開発して、ハードウェアの設計・製造は東大阪にある医療機器メーカーと協力しました。
※Magentaは試作機の名称。
現時点では試作機ですが、現場に出す機器とほぼ同等のものがすでに完成しており、来年中にはリリースする予定です。
和田:AIで菌を判別する機器ということですか?
山田氏:そうですね。現時点で色と形態の4分類(※)が可能で、それが実現できているだけでも、不必要に強い薬を処方しなくて済む点で大きなメリットがあります。最終的には、具体的な菌を判別できるまで精度を高められると見込んでいて、それが実現できれば、抗菌薬の適正利用に対して非常に大きな効果があると考えています。
※陽性球菌・陽性桿菌・陰性球菌・陰性桿菌の4分類
和田:先ほど挙がった、煩雑な作業の効率化にも有効なのでしょうか?
山田氏:先ほど述べたように、通常のグラム染色は検体が検査室に届いてから、結果が出るまでに半日から2日かかりますが、私たちの機器を使用することで、その時間を1時間以内に短縮できる可能性があります。
通常、感染症の患者が来院すれば、血液検査などをしてその結果を待つことになります。この“1時間”という時間は、血液検査にかかる時間と同程度なので、処方する薬を決める医師の判断に、グラム染色の検査結果を反映できるようになります。
和田:ほかにも、検査を自動化するメリットはありますか?
山田氏:自動化による検査時間の削減や、染色液の消費量の削減など、病院としては十分な経済効果が得られると考えています。例えば、検査時間の削減に関しては、人件費の圧縮につながりますし、これまでグラム染色に割いていた膨大な時間を、他の検査に充てることも可能でしょう。
和田:現場からの期待の声は多いですか?
山田氏:そうですね。感染症領域に携わる医師や技師にとっては、この領域に関するAIは馴染みのない技術ですから、非常に注目されていると実感しています。
阪大医学部の二人が、なぜ起業を?
西山:山田さんと代表の平岡さんは、大阪大学医学部のご出身ですよね。いつからこの事業に取り組み始めたのでしょうか?
山田氏:代表の平岡は、大学時代から画像解析に関するエンジニアとしても活動していて、現在はGramEyeの代表を務めながら、放射線科医として大阪府内の病院で勤務しています。
私自身は、元々は薬剤耐性菌の研究をしていて、今年(2023年)医師免許を取得しました。薬剤耐性菌に取り組み始めたのは2016年ごろで、起業につながる現在の事業アイデアにたどり着いたのは、2019年の話です。
和田:グラム染色の課題に取り組もうと考えたのは、何かきっかけがあったんですか?
山田氏:私がよく足を運んでいた検査室の先生が実際にグラム染色をする様子を見ながら、「もしかしたら、AIでもっと精度を上げられるのでは」と考えたのが一つですね。
もう一つは、先ほど述べた「グラム染色の検査結果に自信が持てない」話に通じるのですが、「検査技師が菌種を特定しても臨床報告はしない」という現実を知ったからです。間違えてしまうリスクがあるから、わかっていても報告しないです。
これは非常にもったいないと思い、同級生の平岡に相談して、いろいろな事例を調べてみました。しかし、こうした課題に対応できる技術は見つからず、「ならば起業してみよう」と学生団体からスタートしたのがグラムアイの始まりです。
グローバルで勝てるプラットフォーム構築も見据える
和田:そうして始動したのち、今年10月にはシリーズAラウンドで、3.6億円の資金調達を実施したと伺いました。今後の事業展開についても教えてください。
山田氏:今回調達した資金で、グラム染色工程のAI・ロボティクスソリューションを臨床現場へ導入して、さらなるAIの強化やハードウェアの改良に充てる予定です。さらに、シリーズBやIPOを見据えて、海外進出の市場調査や、グラム染色以外の検査へのスケールも視野に入れています。
和田:他の検査というと、どのようなものを想定しているのでしょうか?
山田氏:グラム染色では染まりにくい細菌として、結核菌があります。結核菌は空気感染するので、もし結核菌に感染している場合は、患者や家族、接触者を速やかに隔離しなければなりません。ですから、検査も極めて迅速に行う必要があります。
結核菌の検査を行う間は、どうしても他の検査が止まってしまいます。そこで、私たちの開発するマゼンダに結核菌を判別するAIを組み込めば、一つのハードウェアでほかの検査と並行しながら対応できると考えています。
和田:最後に、もう一つ挙げていただいた、海外展開についても教えてください。
山田氏:中長期の計画として、アメリカでの販売を始めようと考えています。微生物の検査機器メーカーとしては、アメリカには複数の大手企業が存在します。
ただ彼らは、スライドに菌を塗りつけたり、菌の培養をしたりする工程を自動化する機器は持っていますが、グラム染色の染色から判定までの煩雑なプロセスを自動化する機器は持っていないです。その点で、私たちの機器や技術は優位性を発揮できるでしょう。
また、グローバルで見ても、私たちの機器の類似品や、グラム染色画像のデータプラットフォームは存在していませんから、今後グローバルにおいて独占的な地位を築ける可能性が高いと考えています。
西山:国内と海外、どちらの取り組みも応援しています。本日はお時間をいただき、ありがとうございました!
取材を終えて
AIを活用した画像認識といえば、人やクルマなど大きな物体を対象としたものが市場の多くを占めています。一方、GramEyeが取り組むのは、マイクロメートル単位の細菌の世界。まさに「針の穴を通すような」精度を実現するため、試行錯誤を繰り返したそうです。同社のプロダクトが普及することで、感染症の治療のあり方が大きく変わるかもしれません。今後の取り組みに要注目です。
(ライター 和田 翔)
【生態会から重要なお知らせ】
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