top of page
  • 執筆者の写真Seitaikai

血液中の「エクソソーム」解析で、早期ガンの発見を目指す:ハカレル

関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家。今回は、生体物質「エクソソーム」の研究開発を総合的にサポートする事業を行う、株式会社ハカレルの代表取締役社長、園田光(そのだ・ひかる)さんにお話を伺いました。エクソソームとは、あらゆる生物の細胞から分泌される直径50〜150ナノメートル(1ナノメートルは、1億分の1メートル)の微細な粒状物質です。


エクソソームは血液や尿、唾液などにも含まれており、体内で移動すること細胞間の情報を伝達したり、他の細胞に影響を及ぼしていることがわかってきました。ガンなどの病気の診断に応用できる可能性があることから、世界中の研究者の注目を集めています。


取材・レポート:垣端たくみ(生態会事務局)・大越裕(ライター)


 

園田光 代表取締役社長 略歴 


1960年4月20日生まれ。大阪大学大学院医学研究科終了後、塩野義製薬で28年間R&Dに従事。


役職定年と同時に早期退職し国立がん研究センター客員研究員、大阪大学薬学研究科招聘研究員を経てハカレルを起業。

 

生態会 大越(以下、大越):本日はありがとうございます。まず初めに、園田さんが「エクソソーム」の研究に取り組むことになった、きっかけを教えていただけますか?


園田:私はもともと、塩野義製薬の診断薬事業部で、研究開発の責任者をしていました。2009年頃、ちょうど新しい研究テーマを探していたときに、国立ガン研究センターの当時の所長の方が、千里ライフサイエンスセンターに来られて、エクソソームの話をされたんです。「血液中にそんなものがあるんだ」と、そこで初めてエクソソームのことを知って驚いたのが最初のきっかけです。


エクソソーム測定キット「ELISA」メカニズム模式図

大越:バイオの専門家である園田さんも、そのときまでエクソソームについてご存じなかったんですね。今日こちらに来る前に、エクソソームについてネットで調べたのですが、30年ぐらい前に発見されてはいたものの、注目を集めるようになったのは最近になってからと知りました。


園田:はい、2007年頃までは、単なる「細胞が老廃物を出すためのゴミ袋」のようなものだろうと思われていて、ほとんど注目されていなかったんです。それはエクソソームに関する論文の提出数のグラフを見ても明らかで、2000年台初頭はほとんど書かれていません。


エクソソームが脚光を浴びたのは、その中にmiRNA(マイクロRNA)が含まれており、血液中などを移動して他の細胞の中に入ることで、影響を与えることがわかってからです。2007年にその論文が初めて発表されて、世界中の学者がエクソソームの研究に取り組むようになりました。私どもの会社では、2018年に大阪大学および国立がん研究センターとともに研究をスタートし、銀行や経済産業省の助成を得て開発を進めています。


大越:エクソソームの研究の先に、どんな応用が期待できるのでしょうか?


園田:ひとつはガンの早期診断です。私は前職の時代から、病気の原因となる特定の蛋白質に、洗濯バサミのようにくっつく抗体を利用する技術を研究していました。病原体のタンパク質だけに結合する抗体をデザインし、それに蛍光標識をつけることで、病気の診断に利用することができるのです。ガン細胞から放出されるエクソソームには、ガンの種類を特徴づける分子が含まれています。そこで血液中を流れるエクソソームに結びつく抗体を作れば、ガンの診断に使えるのではないかと考えたのです。


大越:エクソソームを用いてのガンの診断には、どんなメリットがあるのでしょうか?


園田:患者さんにとっての大きなメリットの一つが、現状のガンの検査に伴う苦痛を減らせることです。ガンは、人体の内臓や骨など、さまざまな組織に発生します。従来のガン検査は、針を患部に刺したり内視鏡で組織を採取し、その切片を顕微鏡で観察して、細胞がガン化しているかどうか確かめる「バイオプシー」という方法をとるのが普通です。バイオプシーの際には麻酔をしますが、体を針やメス、鉗子で傷つけますので、患者さんにとって大きな苦痛を伴う検査となっています。


一方、先程申し上げたように、ガン細胞から生み出されるエクソソームには、そのガンを特徴づけるマーカーが含まれているというエビデンスが出ています。採血した血液に含まれるエクソソームからガンが診断できれば、患者さんの負担を大幅に減らすことができるのです。体液に含まれる成分から病気を診断する技術は「リキッドバイオプシー」と呼ばれ、いまさまざまな手法が研究されています。


提供サービス例。膜タンパク質に対する、抗体産生細胞のスクリーニングを行った結果

大越:なるほど。


園田:メリットはそれだけではありません。手術や放射線治療などによってガンが寛解した患者さんが最も恐れるのは、ガンの再発です。エクソソームの分析による簡便で負担も少ない血液検査で、定期的に再発してないかどうかモニタリングできるようになれば、再発したとしても早期の段階で治療を始めることができます。


また最近のガンの治療では、「分子標的薬」と呼ばれるガンの遺伝子を狙い撃ちする抗ガン剤が使用されますが、その効き方は、人によって大きな差があります。エクソソームにもガンの分子標的が含まれているので、分子標的薬が効くかどうか、調べられるんです。抗ガン剤は種類によっては保険適用がなく、薬価が非常に高いものがあります。そうした抗ガン剤が効くか効かないか、患者さんごとに事前にわかるようになれば、治療効果が見込める患者さんだけに投与できるようになるはずです。


さらに、ガン細胞がエクソソームを放出することで、自分(ガン細胞)の住みやすい環境を広げているのではないかという仮説を主張している学者もいます。ガンの転移のメカニズムを、エクソソームを調べることで解明することもできるかもしれません。


大越:エクソソームの体内での振る舞いが分かれば、治療に役立てたり、ガンがどのように転移するのか、より詳細にわかる可能性があるわけですね。具体的に現在、ハカレルさんではどのようなエクソソーム関連の商品やサービスを展開されているのでしょうか?


園田:エクソソームの表面に結びつく抗体の作製、およびエクソソームを計量する「ELISA」という測定キットの販売を通じて、エクソソームの研究開発全般をサポートしています。抗体作製のサービスは、コスモ・バイオ株式会社という企業を通じて承っています。抗体やキットは主に企業や大学等の研究機関向けに販売しており、ご希望に応じてエクソソーム以外のものと結びつく抗体の合成も承っています。組み換えタンパクの作製や、プロテオミクス解析(エクソソーム内で発現している全タンパク質の解析)などの受託も行っています。


また、これはちょっとエクソソームとは離れるのですが、新型コロナウィルスの世界的流行に対する我が社ができるアクションとして、「ACE2 新型コロナウィルス受容体スプレー」という商品を開発して、最近販売を始めたところです。さらに、最近新型コロナに対する中和活性を持つモノクローナル抗体の作製にも成功しました。


大越:そのスプレーとはいったい、どんなものでしょうか?


園田:新型コロナウィルスは人体の細胞表面にある「ACE2」というタンパク質にくっつくことで細胞内に取り込まれることがわかっています。このスプレーには「ACE2タンパク」が含まれており、マスクなどに噴霧することで、新型コロナウィルスが接触したときにそれを補足して、人体に入るのを防ぐ効果があるのではないか、と考えています。本試薬は研究用試薬ですので、新型コロナウィルスの診断や治療には使えませんが、満員電車などでの通勤時に、マスクの表面に噴霧して使っていただくことで、マスクを通り抜けるウィルス量を減少させることが期待できます。


新型コロナウイルス受容体スプレーの作用機序の模式図

大越:ハカレルさんの抗体をつくる技術があってこその製品ですね。これからの展望を教えていただけますでしょうか。


園田:いま考えているのは、ペット医療への応用です。エクソソームは人間だけでなく、犬や猫などあらゆる動物に存在します。犬のガンの診断薬にはまだ良いものが発明されていないと聞いており、人間の前にまず犬用のガン診断薬を開発できないかと考えています。人間の診断薬を上市するまでには、臨床試験などに長い時間がかかることが予想されるので、その前にまずペット医療でエクソソームによる診断の有効性を検証したいと考えています。



大越:そうした新たなビジネスを展開する上では、資金も必要になってくるかと思います。現時点でベンチャーキャピタルなどからの投資は受けているのか、また今後、投資を新たに受ける予定はありますでしょうか?


園田:現時点では、ライセンス収入と試薬などの販売収入および私個人の自己資金で研究開発を続けています。投資を受けるとしてもベンチャーキャピタルなどから広く募るというよりも、エクソソームの有効利用を検討している製薬メーカーなどから、一緒に共同研究を進める形で事業を展開できればと考えています。


 

取材を終えて:ガンのマーカーとしてエクソソームを利用する研究は、世界中でいま競い合って行われており、園田先生は日本におけるトップランナーとして開発を続けています。将来、エクソソームによる診断の臨床応用が現実のものとなれば、難病のガンの早期治療に多大な貢献がもたらされることでしょう。またあらゆる生物が持つエクソソームの働きにはわかっていないことが沢山あり、これからの研究によってさらなる活用の可能性が生まれるだろうと感じます(大越裕:ライター)



bottom of page