元トヨタ社員の挑戦!自由な移動を支えるチェアで障害者と健常者の分断解消へ:Halu
- 和田 翔
- 5月16日
- 読了時間: 9分

関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は株式会社Haluの代表取締役を務め、「IKOU(イコウ)」ブランドを展開する松本友理氏に話を伺いました。
自身の子育て経験で得た気づきをきっかけに、元トヨタ自動車の社員が立ち上げた同社。障害のある子もない子も共に使えるポータブルチェアを軸に、社会の分断を解消すべく取り組み続けています。事業の詳細や起業の経緯を伺いました。
取材・レポート:垣端たくみ(生態会事務局)
和田翔 (ライター)
松本友理(まつもとゆり)氏 略歴
上智大学外国語学部 卒業後、2007年トヨタ自動車へ入社。本社でカローラの商品企画などに従事し、暮らしを変えるものづくりの力を実感する。2016年に長男を出産し、脳性まひの障害が見つかる。愛息のケアやリハビリに注力しながら、障害者と健常者の分断という社会課題に直面したことをきっかけに、退職し起業を決意。自身が培ったものづくりの経験と当事者としての体験を活かし、2020年4月に株式会社Haluを創業し、ブランド「IKOU」を立ち上げた。
携帯性と実用性を両立したインクルーシブなキッズチェア
生態会事務局 垣端(以下、垣端):本日はお時間をいただき、ありがとうございます。まずは、御社の取り組みについて教えてください。
松本友理氏(以下、松本氏):弊社のビジョンは「インクルーシブデザインで多様性を価値に変え、分断のない世界をつくる」ことです。インクルーシブデザインを通じて、障害者と健常者が共に使えるプロダクトやサービスを提供し、多様な人々の交流機会を増やすことにチャレンジしています。
ライター 和田(以下、和田):どんな社会課題をターゲットにしているのでしょうか?
松本氏:特に障害者と健常者の分断がターゲットです。障害の有無で幼少期から生涯にわたって生活の場所が分かれてしまい、それが多様性の欠如につながっていると考えています。
和田:インクルーシブデザインとは、どのようなものでしょうか?

松本氏:インクルーシブデザインは、全ての人に使いやすいものを目指すユニバーサルデザインと似ていますが、プロセスに大きな違いがあります。障害者や高齢者など、従来は見過ごされがちだった人たちのニーズを起点として、当事者と解決方法を作っていく――。そういったアプローチをインクルーシブデザインと呼んでいます。
和田:インクルーシブデザインでもユニバーサルデザインでも、より多くの人が利用できるような設計を目指す点は共通しているのですね。
松本氏:はい。私たちのアプローチは、マイノリティの課題解決だけにとどまらず、多くの人たちにとって価値あるイノベーションを生み出し、市場を拡大できる可能性があると考えています。
和田:IKOUブランドと主力製品について教えてください。
松本氏:創業後の開発期間を経て、2022年に「自由で自分たちらしい外出を、すべての子どもと親たちに」というブランドコンセプトを掲げ、「IKOU(イコウ)」を立ち上げました。そして発表したのが「IKOUポータブルチェア」というプロダクトです。障害のある子もない子も使えるインクルーシブなキッズチェアとして開発しました。

和田:製品の特徴を教えていただけますか?

松本氏:IKOUポータブルチェアはコンパクトで持ち運びやすい点が特長です。重さはわすか3.2kgで、女性でも簡単に持ち運べるように軽量化にはこだわりました。
一方、軽量でコンパクトでありながら、骨盤を安定させる座面の形状や、背面の角度を3段階に調整できる構造など、機能面の両立にも苦労しました。このチェアなら姿勢が安定するので、一般のキッズチェアに座ることが難しい障害のある子どもでも座ることができます。もちろん、障害を持たない子どもが快適に座ることも可能です。
補助金を活用してオーダーメイドで制作する通常の福祉機器と異なり、障害を持たない健常児も対象にすることでマーケットを拡張し、誰でも欲しい時にすぐに購入できる「インクルーシブなキッズチェア」として展開しています。
和田:すでに一般向けの販売もしているそうですね。価格はいくらでしょうか?
松本氏:IKOUポータブルチェアの価格は税込59,400円(2025年5月現在、公式オンラインショップの価格)です。軽量化や機能の充実を両立しつつ、補助金がなくても購入できる価格に抑えるのには苦労しましたが、プロダクトに携わった社内外の皆さまと知恵を出し合って、実現できました。
和田:実際に使用した人の反応はいかがですか?
松本氏:いろいろな声が届きます。たとえば、「障害のある子どもと一緒に座って外食でき、本当に嬉しかった」とのお手紙をいただいたこともあります。健常児は当たり前にできることが、障害児にとっては非常に難しいことなんです。
和田:個人販売以外の取り組みも教えてください。
松本氏:スポーツチームのスタジアム、劇場、レストラン、百貨店などさまざまな場所で活用していただいています。関西では、2024年5月に阪急電鉄の座席指定サービス「PRiVACE(プライベース)」にも採用していただきました。
特に活用が進んでいるのがスポーツのスタジアムです。チェアを使うことで、障害児でも車椅子席などのゾーンに限定されずに座席を選ぶことができるようになります。また、姿勢が安定することで落ち着いて座ることができるので、健常児のご利用もおすすめです。
大人が子どもを膝の上に抱っこして観戦するのは親子ともども大変ですが、IKOUポータブルチェアにお子さまが落ち着いて座っていてくれたことで試合に集中できたという親御さんからの喜びの声も届いています。
IKOUポータブルチェアは、障害児と健常児が同じ空間で同じ体験を共有する機会の創出にもつながっていると考えています。

当事者だから見えた社会の分断、ものづくりで解決へ
垣端:松本さんがこの取り組みを始めた経緯も気になります。どんなきっかけがあったのでしょうか?
松本氏:大学を卒業後、トヨタ自動車に入社し10年ほど車の商品企画に携わっていました。そして、出産した息子に脳性麻痺という障害があることがわかったんです。いったん休職して息子のリハビリに専念するなかで、今の社会に対する違和感のような感情を抱くようになりました。
和田:その違和感というのは?
松本氏:家族が障害を抱えていると、いつの間にか、生活圏内にある安心できる「いつもの場所」にしか行かなくなってしまうんです。例えば、気になる飲食店があっても、車椅子で入れないからあきらめる。そんなことを繰り返していると、だんだん外出を避けるのが当たり前になってしまいます。
和田:それがまさに冒頭におっしゃった「障害者と健常者の分断」の一つなのですね。その違和感を起点に、キッズチェアに着目したのはなぜでしょうか?
松本氏:特に身体的な障害のある子は体幹が弱く、一般のキッズチェアでは自力で体を支えられません。外出先で使える椅子がないことで行動範囲を制限してしまい、障害がなく行動する人との接点もなくなっていくんです。そうした課題意識と、トヨタで培ってきたものづくりの経験を掛け合わせて、ポータブルチェアの開発をしようと考えました。

和田:世界的な企業であるトヨタを退職することに、迷いはありませんでしたか?
松本氏:在職中は仕事にも心からやりがいを感じていましたし、上司や同僚にも恵まれ、本当に大好きな会社でした。ですが、息子と徹底的に向き合ったからこそ気付けた課題を、見て見ぬふりはできなかったんです。「自分がやらなきゃいけない」という当事者意識が強まっていき、起業へと向かっていきました。
インクルーシブデザインの広がりが示す可能性
和田:これからどのように取り組みを進める方針でしょうか?
松本氏:2024年4月に改正障害者差別解消法が施行され、障害のある人からのリクエストに対して「合理的な配慮」を提供することが民間事業者の法的義務になりました。社会的にも障害者のインクルージョンに向けた動きは強まっています。IKOUポータブルチェアの設置も、合理的配慮の提供の一例です。

多くの企業がDEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)の取り組みを進めています。その一方で、女性活躍や障害者雇用といった人材の多様性推進に注力しながらも、多様なニーズを理解し具体的なアクションを取るために何をすればよいか、難しさを感じる事業者も多くいるのではないでしょうか。そこで当事者の課題を一緒に解決していくインクルーシブデザインの導入は、DEIの実践そのものだと考えています。
垣端:最後に、今後の展望を教えてください。
松本氏:今後もマイノリティの課題を解決する機能性と、障害児も健常児も共に使いたいと思えるデザイン性を掛け合わせたプロダクトのラインナップを広げていきたいと考えています。
また、プロダクトやサービスの開発・提供以外にも、企業がインクルーシブデザインを推進するにあたり、課題に応じたプロジェクトの伴走支援にも積極的に取り組んでいきます。研修、障害児家族へのリサーチ、共同開発などのサービスを提供し、実績も生まれています。これまでの実践を通して蓄積してきたノウハウやユーザーのネットワークを活かしながら、さまざまな企業と協力しながら取り組みを進めていこうと考えています。
垣端・和田:本日はありがとうございました!

取材を終えて
調査によると、世界で障害を抱える人は18.5億人おり、購買力は13兆ドル規模。一方、障害者からのインサイトをプロダクトやサービスに活用している企業はわずか5%に留まっているとのこと。国内だけでも、家電やアパレルなどの領域で5〜10%の企業が取り組めば、数千億円規模の市場が創出されるそうです。
「合理的配慮」の義務化を受け、企業がインクルーシブデザインに取り組むモチベーションは高まっているはず。そんな追い風を味方にしながら取り組みが広がっていくことを願ってやみません。
なお、4月13日に開幕した大阪・関西万博で、IKOU ポータブルチェアの出展が発表されました(出展期間:7月7~13日、出店場所:関西パビリオン・京都ブース)。すべての子どもたちが同じ体験を共有できる社会の実現に向け、松本さんたちの取り組みは今後も続いていきます。
(ライター 和田翔 )
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