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  • 執筆者の写真和田 翔

「分子を見る」技術を極め、難病治療薬の開発へ



関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、モルミル株式会社でCEOを務める森 英一朗氏に話を伺いました。同社は3つの機関発のスタートアップとして起業し、筋萎縮性側索硬化症(ALS)をはじめとした神経難病の治療薬開発に向けて取り組んでいます。膨大なプロセスを要する創薬の分野において、同社の技術は現状の課題をどのように変えていくのでしょうか?


取材・レポート:垣端たくみ(生態会事務局)

和田 翔   (ライター)

 

森 英一朗(もりえいいちろう)氏 略歴

奈良県立医大で細胞生物学の基礎研究に従事。同大学附属病院の臨床研修医を経て、米テキサス大学へ留学。留学先で、神経難病であるALSの病態解明の研究に参加する。帰国後、細胞内の相分離破綻に起因する神経疾患の研究を通じ、現・科学顧問である冨田峻介氏(産総研)、齋尾智英氏(徳島大)らとチームを編成。円滑な創薬プロセスの確立などを目標に掲げ、2022年6月にモルミルを設立した。

 

起業の背景には、患者を救えない厳しい現実が


生態会事務局 垣端(以下、垣端):本日はお時間をいただきありがとうございます。早速ですが、モルミルが取り組んでいる事業について教えてください。

MightyNeo株式会社 代表取締役 CEO 鈴木貴之さん
(画像提供:モルミル)

モルミルCEO森 英一朗氏(以下、森氏):私たちは、治療法のない病気に対して治療薬を提供できる存在になりたいと考えています。それだけ聞くと「製薬企業の役割では?」と感じるかもしれません。しかし、創薬プロセスの構造はとても複雑で、それぞれのプロセスの中に、薬を売る人、工場で作る人、あるいはもっと手前のプロセスで病態を解明している人、いろいろなプレイヤーが存在します。加えて、最初から最後まで一貫して取り組むプレイヤーは、この業界にいないのが現状です。


ライター 和田(以下、和田):なぜ、そうしたプレイヤーが現れないんでしょうか?


森氏:一つの理由は資金面です。薬を開発するために全プロセスを担おうとすると、10億円単位どころか、100億円単位の資金が必要になります。もう一つの理由は、各プロセスの難易度の高さです。それぞれのプロセスで極めて高い専門性が必要になりますから、全て取り組むのはそもそもハードルが高いんです。


和田:全てのプロセスを一貫して取り組めないことで、どんな問題が生じるのでしょうか?


森氏:例えば、ある難病の治療薬を創ろうとすると、まず血液を採取して原因遺伝子の同定、病気のメカニズムの解明、実験に使用するモデル生物の作成、病気に効果がある候補物質の解析など、基礎研究の段階だけでもさまざまなプロセスがあります。


そして、病気に効くかもしれない候補物質が見つかった後も、臨床試験を繰り返して、それら全てを終えてからようやく製薬企業が売り始めるんです。長い場合は全てのプロセスに数十年もの歳月を要してしまうこともあります。


原因不明の病気にかかっている患者がいるのに、薬が開発されていないために目の前の命を救うことができない。そんな現実は、患者や医師にとって不幸なものでしかありません。ですから、一貫して関わるプレイヤーが必要だと強く思うんです。



(画像提供:モルミル)


和田:それらのプロセスを一貫して取り組むことができれば、どのような変化が生まれるのでしょうか?


森氏:全てのプロセスを可視化できれば、研究や創薬に関わる人たちは、患者がどういう状況なのか理解しながら開発できますから、モチベーションが高い状態で取り組めます。


また、薬の開発期間を短縮できることも大きなメリットです。開発期間を短縮できれば、コストも圧縮できます。開発コストの大部分を占めるのは人件費ですから、10年かかるプロセスを1年短くするだけでも大きな削減になります。


コストの圧縮は薬価を下げることにもつながるので、患者にもメリットが生まれます。さらに言えば、薬価が健康保険でカバーされている日本の医療システムを考えれば、最終的には私たちの税金にも関わってくるんです。


和田:研究者としてではなく、起業して取り組もうと決めた経緯を教えていただけますか?


森氏:アメリカでの研究を経て2017年に日本へ帰国した後は、ALSの基礎研究における国内での第一人者として扱われるようになったと自負しています。その立場上、学会などでALSをはじめとした神経難病の原因について講演する機会が多くなり、その場で「どうすれば薬を創れるんですか?」や「いつ薬ができるんですか?」との質問が寄せられるようになったんです。


私自身、医師免許を持っているので患者を見る機会もありますが、自分が行っている基礎研究は創薬プロセスのごく一部分に過ぎません。ALSの第一人者として扱っていただく一方で、患者を救えない現実が非常に辛いと感じたんです。「それなら自分で会社を興して取り組もう」と思い、その後のモルミルの起業へとつながりました。


「分子の動きを見る」技術が大きな強み


和田:続いて、具体的な取り組みについて伺います。そうした創薬プロセスの構築を目指す中で、現時点でのモルミルの強みはなんでしょうか?


森氏:現在、モルミルが強みとしているのは「分子動態評価技術」、つまり分子の動きを見る技術です。中でも、2010年ごろからALS研究の分野で世界的に注目されている「相分離」と呼ばれる現象に関する研究で、多くの知見を持っています。


(画像提供:モルミル)


和田:素人ながらに調べてきたのですが、「相分離」とは単一の混合物からの2つの区別できる相が生まれることを指し、水と油の関係のようにごく身近にある現象ですよね?


森氏:そうですね。その相分離が私たちの細胞の中でも起こっているとわかり始めたのが2010年前後で、相分離に異常が現れるとALSやパーキンソン病、認知症などの神経難病が発症すると言われ始めたのが2015年ごろのことです。ごく最近の出来事ですから、それを評価する技術もまだ確立されていない状況にあります。


欧米では神経難病の領域でずば抜けた実績を出しているユニコーン企業が複数社いる中、日本では私たちが2022年6月に創業するまで、ずっと動きがなかったんです。そもそも国内で相分離の研究をしているのが、私とその周辺にしかいない状況でした。そうした背景もあって、私たちは相分離現象を狙った薬を開発できる集団として、国内では大きく先行していると考えています。


(画像提供:モルミル)

和田:「分子の動きを見る技術」とは、具体的にどのような技術なのでしょうか?


森氏:モルミルのコア技術は大きく2種類あって、それぞれ「CHEmir(ケムミル)」と「MAGmir(マグミル)」と名付けました。


ケムミルは、タンパク質の反応を味覚のように識別できる技術です。標的となる血液や細胞などの状態変化のパターンを、バイオ試料の「味」として認識させることで、正常な味、異常な味を明らかにすることができます。元々は産業技術総合研究所(産総研)の冨田峻介先生が研究している技術で、冨田先生にはモルミルの科学顧問として参画していただいています。


(画像提供:モルミル)


マグミルは、高分子量タンパク質の構造を原子レベルで解析できる技術です。分子の構造を見る技術は、X線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡、従来型のNMR(核磁気共鳴法)といった手法が主流でしたが、どれも技術的な制約がありました。極めて単純に言えば、それらの制約を突破して、世界最高レベルで解析できるのがマグミルの強みです。こちらは徳島大学の齋尾智英先生の技術で、齋尾先生も同じく科学顧問として参画していただいています。



(画像提供:モルミル)

私自身が研究を積み重ねてきた相分離に関する知見と、これらのコア技術を有していることが他にはないモルミルの大きな強みで、世界的に見ても他の追随を許さないレベルの技術だと考えています。


和田:技術を組み合わせられることも、モルミルの強みと言えるでしょうか?


森氏:そうですね。「ケムミル」と「マグミル」、どちらの技術も溶液中の分子の振る舞いを見ることができますが、それぞれ得意不得意があります。別々に使うよりも組み合わせて使うことで、創薬プロセスを効率的に前進させることができるんです。


和田:2つの技術を組み合わせようと考えたのは、何かきっかけがあったんですか?


森氏:シンプルに、私自身が実際にこれらの技術のユーザーだったことが大きな理由です。バイオテック企業は、技術者が持っている技術を核にして会社を立ち上げるケースが多いですが、私の場合はこの2人の技術に惚れ込み、ユーザーの立場でこれらを融合させて会社を興そうと考えたんです。


和田:それらの技術を生かし、どんなビジネスモデルを掲げているのでしょうか?


森氏:私たちの「分子を見る技術」で、「つくった薬が、どのターゲット分子の、どのアミノ酸に作用しているのか」といった、効果のメカニズムを明らかにできます。そうした技術は、例えば製薬企業の研究部門にとって非常に有用なものとなりますから、製薬企業との共同研究が一つの選択肢に挙げられます。また、バイオテック企業との連携も可能だと考えています。


当面は製薬企業からの解析受託などで収益を確保しつつ、将来は新薬を自社開発できる規模にまで事業を拡大させる方針です。


3機関発のベンチャーから、さらなる拡大を続ける


和田:モルミルは、奈良医大と徳島大、産総研の3機関発のベンチャーとして創業したと伺いました。異なる大学や研究機関が合流して起業する難易度は高いように感じるのですが、いかがでしょうか?


森氏:各大学や機関との調整には正直なところ苦労しましたが、今後の成長を戦略的に考える上で、3機関発のスタートアップである点にはこだわる必要がありました。実際のところ、別の大学の研究者に「協力してください」とお願いしても、そう簡単に首を縦に振ってもらえるわけではありません。


これは私自身の強みとも言えるのですが、ALSの基礎研究に携わる者としてさまざまな活動を続けてきた中で、数十人規模の信頼できる研究者たちのコミュニティが形成されています。そうしたコミュニティからサポートを得られることも、モルミルの強みと言えるでしょう。


和田:本社は森さんが所属する奈良医大に置かれているんですね。


森氏: 国立の研究機関である産総研、国立大学である徳島大、そして公立大学の奈良医大と、ロケーションが関東・四国・関西にまたがりながらも、日々きちんとコミュニケーションをとれています。これだけのプレイヤーが集まっていながら緊密に連携できている点も、他社には真似できないところだと考えています。


今後も、国内最高峰の研究者の方々にモルミルの科学顧問へと就任(※)していただき、アカデミアが有する研究シーズを横断的に集約していく考えです。


【※追記】

上記はインタビューを実施した6月中旬時点の情報。その後、6月30日に脳神経内科学の専門家である青木正志氏(東北大学)と杉江和馬氏(奈良県立医科大学)の2名が、7月13日には神経難病病態モデルの専門家である浅川和秀氏(国立遺伝学研究所)が、モルミルの科学顧問としてそれぞれ就任した。


バイオテックのユニコーン企業を目指す


和田:最後に、今後の方針について教えてください。

(画像提供:モルミル)

森氏:ALSをはじめとした神経難病を創薬ターゲットに据えた研究を、これからも事業の柱にする考えです。私たちは、いわば民間のTLO(技術移転機関)のような存在です。キャンパスの垣根を越えて生まれた企業ですし、研究者同士のネットワークも構築されていますから、スケールしやすい環境は整っていると言えるでしょう。


また、私たちは、日本におけるバイオテックのユニコーン企業の前例にならなければいけない、との思いがあります。日本発のシーズを世に届けるため、分野を横断したオールジャパン体制を組んで、これからも成長を続けていきたいと考えています。


垣端:本日は、どうもありがとうございました!

 

取材を終えて

森さんから「現場の医師が、ある難病の患者さんを治療したいと願っても、薬が完成するころにその患者さんは生きていない」という現状を聞かされ、新薬の開発には途方もない道のりがあることを改めて実感しました。モルミルの事業が成長することは、そんな悲しい現実を変えることにつながるかもしれません。


なお、モルミルは8月31日に、ALS治療薬の開発を5年以上継続してきたバイオベンチャー・株式会社Jiksak Bioengineeringとの共同研究を発表し、「治療法のない病気に対して治療薬を提供できる存在」へと一歩ずつ近づいています。今後の取り組みに要注目です。

(ライター 和田 翔)




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