関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、ストレス度合いを可視化する視線計測型VR検査機器を開発する、株式会社ニューラルポート 代表取締役 島藤安奈さん、取締役の島藤純奈さん にお話を伺いました。
取材・レポート:垣端たくみ(生態会事務局)
大洞 静枝 (ライター)
--------------------------------------------------------------------------------------------
島藤安奈(しまふじ あんな)氏 略歴:1992年生まれ。同志社大学経済学部入学後、大阪大学人間科学部に編入。大阪大学大学院人間科学研究科修士課程修了。大阪大学大学院連合小児発達学研究科特任研究S、国立研究開発法人情報通信研究機構NICT研修員、日本学術振興会特別研究員DC1東京大学IRCN客員研究員、国際電気通信基礎技術研究所の専任研究技術員を歴任。2020年9月に株式会社ニューラルポートを立ち上げ、同代表取締役。
島藤純奈(しまふじ じゅんな)氏 略歴:1994年生まれ。2018年〜2022年 農林水産省輸出促進プロジェクト(GFP)運営チーム。2020年9月より、株式会社ニューラルポート 取締役。
---------------------------------------------------------------------------------------------
生態会事務局 垣端(以下、垣端):本日はお時間をいただきありがとうございます。事業を始められたきっかけについて教えてください。
島藤安奈氏(以下、安奈):発達障害についてまだ広く知られていなかった頃に、大学で自閉症やギフテッドについて研究をしていました。私も、取締役で妹の純奈も忘れ物が多く、ADHDを疑われたこともありましたが、発達障害かどうかのライン引きはとても難しいです。支援やサポートがなくても社会で生きていける人たちは、発達障害という枠に含めず、サポートが必要な人は発達障害と診断される逆算的な診断になっているからです。
発達障害の方たちの行動観察をすると、視線の動きが特徴的だということがわかりました。当時、他の研究室に、赤外線のバーをつけて視線を取るという視線計測の技術がありました。視線計測で行動を定量的に測定すれば、もう少し踏み込んだ鑑別に使えるのではないかと思いました。視線については、後ろから視線を感じることに疑問を抱いており、小さな頃から、とても興味があったので、視線計測に出会ったときにこれだ!と思いました。
直感的に携わってきた研究が全部つながった瞬間
私は、心理・精神科領域の他にも、認知発達ロボティクスの研究にも携わっていました。発達の過程をシミュレーションして、ロボットが赤ちゃんの行動を取得していく様から、発達に対して必要なデータについて研究していました。京都にあるATR(国際電気通信基礎技術研究所)では、脳科学の研究もしていました。4月からは、ビジネスエンジニアリングの博士課程に入り直すので、大学に所属しつつ、研究とビジネスを両立していく予定です。
今まで直感的にいろいろな研究に携わってきた経験が、全部つながったと思う瞬間がありました。アイトラッキングの世界最大手であるスウェーデンのトビー・テクノロジー株式会社が、VRの中に赤外線の視線計測技術を搭載すると発表したことです。ビジネスを始めるタイミングだと思いました。
また、何か人のためになることをやりたいと考えたときに、ストレスが一番の課題だと感じていたので、ストレスを定量的に計測してみようと思いました。2020年10月にはVRゴーグル「Meta Quest2」が発売され、2023年2月下旬には、「PlayStation VR2」にも視線トラッキング機能が搭載されます。ストレスという大きな社会課題が目の前にあって、テクノロジーも追いついてきている状況ということもあり、事業化をしました。
さまざまな場所で感じた日本社会のひずみ
ライター大洞(以下、大洞):ストレスに着目したきっかけは何だったのでしょうか?
安奈:妹が2019年から東京で働き始めて、心身ともにボロボロの状況で関西に帰ってきました。同時期に、私自身もATRで脳科学、機械学習、プログラミングを始めて、さらに脳の解析もしないといけないというタスクに追われていました。並行して、研究対象者にトラウマ刺激を出して反応を起こすという、精神的に堪えるような実験をしていました。研究の末端だったので、医師がゴーサインを出したら、対面で行わないといけない。本当に、心を病むような日々でした。
こども園や保育園でもストレスに関する実証実験をしたことがあったのですが、先生たちの心はボロボロでした。やりがいのある仕事だけれど、パニックがずっと朝から晩まで起きている状況で、ストレスが多い現場でした。研究の分野も同じです。みんな一生懸命、研究をしているのですが、安月給で、上からの圧力や命令に抗えません。日本社会のひずみのようなものが、いろいろなところで起こっているのを感じてきました。ストレスは自分たち自身にとっても身近なテーマであったし、福祉分野の中で、一番手をつけないといけないところだと感じました。
垣端:ストレスを視線で計測するというのはどのような仕組みなのでしょうか?
安奈:ネガティブな画像とポジティブな画像の2画面を提示し、見ている画像と長さをAIが解析することで、ストレス状態を測定します。画像の種類は、社会的な刺激、顔、アートです。画像の選定はとても重要で、顔や髪の毛のばらつき、コントラストに至るまで、さまざまな条件があり、AIが抽出しています。
ストレスの高い方は、ネガティブな刺激に寄って行く傾向があります。メンタルトレーニングでは、ストレスの高い方にポジティブな画像を見せるトレーニングの有効性を、仮説として持てるかもしれない、というところまできています。2回目以降の視線計測では、ポジティブな画像を見ている長さの割合を、その場でリアルタイムに表示するという仕組みづくりをしています。
島藤純奈氏(以下、純奈):2022年11月に東京の会社で実証実験をしたのですが、好感触でした。実験では、管理職にストレスはなかったのですが、部下はストレスを多く抱えていました。いきいきと働いているように見えた方、ストレスはないと言っていた方が、質問用紙の「自殺を考えている」という項目にチェックを入れており、ほぼうつ状態だったのには驚きました。会社の中では、関係者に情報が届いてしまうので、ストレスを抱えていることを、自分からは言いにくいということがわかりました。
安奈:3人の方に「自殺念慮あり」という所見がデータで出ていました。社会の構図だなと改めて思いました。部下に仕事の負担が偏るような構造だったとしたら、個人のメンタルの強さや弱さは関係なく、不調になる人が現れます。この構造を変えないと、本質的な課題は解決できません。
個人個人の情報を守りながら、経営者にどう伝えるのか。個人にどのようにフィードバックをして、どういうサポートが必要なのか。定量的なストレスチェックやメンタルトレーニングに加え、その先に必要とされるケアを、もっとシビアに考えないといけないと思いました。
今は、社員向けに個人カウンセリングを実施している会社も多いです。私自身、心理士の資格は持っていますが、心理精神科領域は定性的で科学的な根拠がない、とても古典的な分野です。表面的に話を聞いたところで、そこに踏み込むプロダクトが一切ないのが、現状です。ストレスを定量的に測定し、的確なケアをする必要があると思っています。
ストレス計測をスポーツ選手のメンタルトレーニングに応用
大洞:スポーツ選手のメンタルトレーニングにも応用ができるとお伺いしています。
純奈:私は中学から大学までボクシングをしていて、オリンピックを目指していました。スポーツは勝つだけではなく、もちろん負けることもあります。選手たちは負けたときも、バッシングに耐えながら、競技を続けていかないといけません。プレッシャーの中で、うつ状態になってしまう方も多いです。
メンタルコーチはいますが、ただカウンセリングを行うだけです。選手側としては、「試合にも出たことがない人に何がわかるの?」という風に捉えてしまいがちです。選手の動作を解析する技術はたくさんありますが、メンタルデータを解析する技術はまだないので、需要はあると思っています。
安奈:どんなに強い選手でも、心が折れる瞬間もあるだろうし、自殺念慮を抱くこともあるかもしれない。妹がスポーツ選手であった経験から、メンタルトレーニングの必要性を感じました。2022年12月に発表した「ZEN EYE PRO」は、約3分程度 VR空間上に表示される画像群を眺めるだけでストレス度合いを可視化し、メンタルトレーニングまでを実現する視線計測型VRストレスチェックシステムです。ベータ版ではありますが、メンタルトレーニングキットを準備しています。利用されたい方は、会社の方に問い合わせていただければと思います。
「ヒューマンドリブンの会社」である私たちの強み
垣端:今後の展望をお聞かせください。
安奈:私たちは、いい意味で、プロダクトにこだわりがありません。今回はVRですが、グラスでもカプセルでも、枕でもいいと思っています。ニーズと本質を追求することが大事だと思っているので、プロダクトを変えていける柔軟さがあることが強みです。
純奈:一つひとつが研究から出てきたアイデアですが、やはり研究だけで終わらせるのではなく、そこにお金を出して、ビジネスに落とし込めるというところも強みです。
もう一つは、弊社はとても人に恵まれています。開発メンバーは、夜通し作業をしてくださることもあります。みなさん、義理と人情でやってくださっているので、大事にしていきたいです。メンバーで喋っていても「それいいね」と意気投合することも多く、面白いという気持ちで携わってもらっていることが伝わってきます。みなさんのおかげで、私も頑張ろうと思うことができます。
安奈:私たちはヒューマンドリブンの会社です。いろいろな方に助けていただいています。奈良先端科学技術大学院大学出身で、ATRのシェアオフィスで起業されている方。メキシコ人、イタリア人もいます。AI解析のブレーンの部分は、大学院生やNIMS(国立研究開発法人 物質・材料研究機構)の先生などが携わっています。
純奈:だから、必ず成功して、恩返ししないといけないと思っています。
安奈:会社のビジョンは「ミライの『フツウ』をつくろう」で、ミッションは「テクノロジーで人を進化させる」です。ストレスが多すぎる今の環境を、VRでポジティブな発想に変えられるような環境があれば、人はより幸せに生きることができるし、考える時間が増えて意思決定が早くなる。いろいろな相乗効果があると思っています。そういう意味で「人を進化させる」ことをミッションに掲げています。
ずっとネガティブ弱者でいるのではなく、創意工夫をすれば変わることができるし、自分の弱みやコンプレックスを、工夫して乗り越えていくことが本当の多様性だと思っています。
私は朝が苦手だし、毎日同じサイクルで生活し、同じ時間にご飯を食べることができません。チームのメンバーもみんな凸凹ですが、適材適所で働いてもらっているので、それが会社としての強みになっています。だからこそ、エッジの効いたプロダクトが生まれているのだと思っています。
今後の事業は、教育やアプリ開発など、多岐に渡ってやっていこうと思っているのですが、社会の大きな課題に対してチャレンジし、大きなイノベーションを起こしていきたいと思っています。まずは、2025年開催の万博に向けて、スポーツ選手のトラウマを科学的に消去し、自信をつけるメンタルトレーニング用のゾーンカプセルを作りたいという構想があるので、実現できればと思っています。
垣端:本日はどうもありがとうございました!
取材を終えて:研究者としての多忙な生活に限界を感じていた代表取締役で姉の島藤安奈さんと、東京の会社でストレスフルな日々を送っていた取締役の妹・純奈さん。今の世の中に必要だと感じたのは、ストレスに対するケアでした。科学的な根拠がない心理・精神科領域に新風を吹き込むべく、プロダクトの製品化に着手。VRの画像を眺めるだけで、AIがストレス値を判断する視線計測型VR検査機器を開発します。ストレスを視線によってデータ化するという、唯一無二の技術が、メンタルヘルス界にどう浸透していくのか、注目です。(ライター大洞)
Comments