関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、株式会社Planetary Wellnessの共同創業者の西村勉氏、山口頂氏に話を伺いました。同社は宇宙天気や気象、大気汚染物質など地球環境要因解析による健康・行動予測技術と、最先端の自然言語処理AIによる心理状態推定技術により、孤独ゼロ社会の実現を目指す京都大学発のスタートアップです。
取材・レポート:大洞静枝(生態会事務局)、森令子(ライター)

西村 勉(にしむら つとむ)氏 略歴
1977年山梨県生まれ、京都大学大学院医学研究科博士課程修了 医学博士、MBA、MPH(公衆衛生学修士)。神戸医療産業都市推進機構 医療イノベーション推進センターを経て、現在は京都大学医学部附属病院 先端医療研究開発機構 特定准教授を務める。環境要因を用いた疾患発症・増悪予測技術の研究を進める中、研究成果を用いて社会課題を解決するため起業を決意。気象、宇宙など様々な環境要因を用いた心身状態などの予測技術に関して2023年特許取得。2022年大阪テックプラングランプリ受賞、2023年フェニクシーインキュベーション第8期に山口頂氏と参加し、同年に共同創業。2024年ミライノピッチ2024でFUTRWORKS賞を受賞。
宇宙・地球環境要因を解析し健康・行動予測する技術で特許取得
生態会 大洞(以下、大洞):本日はありがとうございます。Planetary Wellness社の事業について教えてください。
Planetary Wellness 西村 勉氏(以下、西村氏):デジタル化や都市化が進むなか、社会的孤立や孤独は、ますます深刻な問題となっています。私たちは、多岐にわたるアプローチで課題を解決して、”孤独ゼロ社会”を実現するために創業しました。
当社独自のアプローチとして、宇宙・地球環境要因を解析し健康・行動予測する技術があります。これは私の進めてきた研究で、2023年に特許を取得しました。例えば、「気温が10度上昇すると、うつ病の発症リスクが約3割増加する」、「満月は新月に比べて、うつ病の発症リスクが約8%増加する」など様々な要因が疾病に影響することがわかっています。
私は、これまでの研究で、太陽活動、宇宙線量、月齢などの宇宙天気、気象、大気汚染、磁場など宇宙・地球規模の環境要因ビッグデータを用いて、疾患の発症や増悪(悪化)を予測するモデルを開発しました。

さらに、現在、最先端の自然言語処理AIによる心理状態の推定、特に孤独感の推定技術を開発しています。この技術は、当社の学術指導を務める森拓也 医学博士(京都大学医学部附属病院特定助教)とともに開発しており、特許出願も準備中です。
これら独自の最新技術を活用して、孤独傾向のある人々を見つけて/気づいてもらい、うつ病などを発症する前の段階でのサポートを可能にしたいと考えています。
大洞:宇宙・地球といったスケールの大きな要因が、私たちの体に影響を及ぼしているとは、非常に興味深いですね。孤立感・孤独感に着目したのはなぜですか?
西村氏:孤独は、うつ病の前駆症状として、アメリカでも社会問題になっており、例えば、”孤独に起因するストレス関連の欠勤の雇用者負担額”は1,540億ドルという試算もあります。孤立感・孤独感は心身の健康に悪影響を及ぼし、社会全体の活力を低下させる原因となっているのです。
メンタルヘルス領域のスタートアップは、発症後に焦点をあてたソリューションが多いのですが、私たちは発症前に着目しています。私たちの技術で、うつ病や心疾患などの発症傾向を把握し、発症前にサポートしていきたいと考えています。
大洞:メンタル不調にアプローチするスマホアプリなども増えていると思います。Planetaly=地球規模でのアプローチは、他にはないということですか?
Planetary Wellness 山口頂氏(以下、山口氏):気圧の変動を知らせるアプリなどは、使われる方も多くなってきましたが、宇宙・地球規模の環境要因というアプローチは西村の研究成果であり、特許も取得しています。そこに現在開発中の日本語での自然言語処理AI心理状態推定技術を組み合わせれば、唯一無二のソリューションになるはずです。
地域コミュニティ活性化、繋がり創出のためのボランティア活動も推進し、孤独ゼロ社会を目指す
大洞:発症前のサポートとは、具体的にどのようなことを提供するのですか?
西村氏:社会的孤立・孤独の解消には、症状・ニーズに合わせたサポートが必要です。私たちは一般社団法人を立ち上げ、同じ想いを持つ多くの方々と協力しながら、地域コミュニティ活性化、繋がり創出のためのボランティア活動を推進しています。
そのようなプロジェクトのひとつに、ピーカンナッツの木(以下、ペカン)の栽培を通じたボランティア活動の場の提供があります。ペカンを栽培し、その恵みを地域に還元しながら、誰もが安心して過ごせる居場所を提供し、地域の皆さんとともに、耕作放棄地の再生、空き家問題の解消、コミュニティの活性化などを目指していく活動です。

うつ病や自殺は自己責任ではなく、環境要因が関係していることを研究で証明。その成果をもとに起業を決意
森:事業を始めたきっかけを教えてください。
西村氏:私自身の不登校や引きこもり、そして、友人の自殺が、私の研究と起業の原体験です。研究では、うつ病などのメンタルヘルスは、自己責任ではなく、気象や宇宙などの環境要因が関係していることを証明してきました。この研究結果を広く活用していかなくては、うつ病や自殺は防げないと思い至り、起業を模索し始めました。
ビジネスについて学び、ビジネスコンテストに出場する機会を得て、2022年大阪テックプラングランプリでSCSK賞とDIC賞を受賞。株式会社リバネス(大阪テックプラングランプリ主催)井上浄社長にメンターとしてご指導いただくようになりました。起業に向けて協力者を探す中で、前職の神戸医療産業都市推進機構で同僚だった山口に声をかけ、2人でフェニクシーのインキュベーションプログラムに参加したのです。
森:フェニクシーのプログラムについては、生態会も京都で取材しました(過去記事「4カ月の共同生活で事業を磨く:フェニクシー」)。大変ユニークなプログラムですよね。
西村氏:そうですね。同プログラム第8期(2023年5~9月開催)に参加し、事業アイデアを磨きました。京都市内の専用施設「toberu」で4カ月間、同期の起業家と共同生活を送りましたが、採択されるまで”住み込み”のプログラムであることも知らなかったので、当初はとても驚きました。おかげさまで、プログラム中の2023年7月に法人を設立し、本格的に事業をスタートすることができました。
森:どのようなチームメンバーで事業を進めているのですか?
山口氏:共同創業者である西村と私に加え、AI分野の学術指導を務める森 博士など、京都大学の先生をはじめ多くの方々に協力いただき、事業を進めています。私も他の方々も、課題解決にかける西村の強い想いに共感し、技術に基づくユニークなビジネスモデルを成長させたいと参画しています。
私は神戸医療産業都市推進機構などでヘルスケアに関わっており、株式会社ファーマフーズ(京都市)では、上場に至る成長期のスタートアップでのキャリアもあります。ここでは、健康・ヘルスケアという私自身の軸となる分野で大きなチャレンジができると考えています。

大洞:今後の事業展開はどのように考えていますか?
山口氏:企業・行政などからの関心も高く、ヘルスケアに限らず、製造業からサービス業、小売業など、様々な業界からお問い合わせがあります。今後の世の中に必要とされている技術だと実感しています。
2024年後半から、全国の企業・行政と連携して、複数の実証実験を行います。大阪商工会議所・UR都市機構「まちなかリビングラボプロジェクト」の実証実験での都市部での心身状態予測、孤独感推定や、山口県警との「シビックテックチャレンジ YAMAGUCHI」での交通事故発生予測、その他、皮膚疾患悪化予測、不審者/熊出現予測などの実証実験を実施予定です。実証実験データで技術精度を高め、独自のAI予測エンジンを 2025〜26年にローンチしたいと考えています。
西村氏:私たちには、「誰もが自分の存在を認められ、他者とつながり合い、互いに支え合う社会を築く」という理想があります。そこに向かって、様々なアプローチを重ねていきたいですね。

取材を終えて
西村氏の研究者・起業家としてのビジョンミッションに、研究者や支援機関、チームメンバーが共感し、”孤独ゼロ社会”実現という理想に向けて、多くの方が協力して取り組んでいることがよく伝わってきました。地球規模のビッグデータを用いた独自技術はもちろん、”ペカンの森”を通じたボランティアの構想も壮大で驚きました。アプローチが多岐にわたっているので、どの領域が今後成長していくのか注目していきたいです。 (スタッフ 森 令子)
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