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「がんを狙い撃つ」を、ナノテクノロジーで進化。新たなホウ素薬剤が拓く次世代がん放射線治療:RadioNano Therapeutics

執筆者の写真: 和田 翔
和田 翔
5 分前
読了時間: 8分

関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、RadioNano Therapeutics株式会社(ラジオナノ セラピューティクス)の代表取締役社長を務める千葉雅俊さん話を伺いました。


同社が開発するのは、「BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)」という新しいがんの放射線治療に使う薬剤「RN-501」。田辺三菱製薬で35年、創薬のものづくりを極めた千葉さんが、定年後にゼロから挑む次世代のがん治療とは、一体どのようなものなのでしょうか?


取材・レポート:垣端 たくみ(生態会事務局)

和田 翔    (ライター)

千葉雅俊(ちば まさとし)氏 略歴

東京大学薬学部 卒業(薬学博士) 三菱化成工業(現・三菱ケミカル)に医薬品事業の研究者として入社。同社は合併を経て田辺三菱製薬となり、通算35年勤務。CMC(原薬・製剤の製造プロセスや品質試験の研究開発)を軸に、生産・サプライチェーン、創薬研究、製品戦略などを担当し、欧州子会社の社長も歴任。2023年3月に定年退職後、広島大学の抗がん剤開発のスタートアップに参画し、2024年4月にRadioNano Therapeuticsを設立。代表取締役社長に就任した。


正常組織を傷つけにくく、がん細胞を狙い撃つ「BNCT」


生態会事務局 垣端(以下、垣端):本日はよろしくお願いします。はじめに、御社が取り組んでいる事業について教えてください。

代表取締役社長 千葉雅俊氏
代表取締役社長 千葉雅俊氏

代表取締役社長CEO千葉雅俊氏(以下、千葉氏):私たちは、ホウ素中性子捕捉療法「BNCT」と呼ばれる、がんの放射線治療に使うホウ素薬剤を開発しています。


BNCTとは、ホウ素(10B)を含んだ薬剤をがん細胞に集め、そこへ中性子線を当てて、がん細胞を選択的に破壊する仕組みです。日本では2020年3月に承認され、現在は切除不能な局所進行または局所再発の頭頸部がんの治療方法として保険適用されています。


ライター 和田(以下、和田):一般的な放射線治療とは、どう違うのでしょうか?


千葉氏:ホウ素を取り込んだがん細胞だけを選択的に殺傷し、まわりの正常組織を傷つけにくい点が大きな違いです。例えばX線などを使った従来の放射線治療では、正常な細胞にもダメージが及ぶため、週に複数回の照射を行うなど、治療を何度か繰り返す必要があります。その点BNCTは、基本的に1回の照射で治療を行うため、治療期間も短くできることも大きな特徴です。


さらにBNCTは、再発がんや多発転移のがんにも対応できる可能性があると考えられています。ただ現在、承認されている薬剤はまだ1種類しかありません。BNCTの治療の可能性をさらに広げ、患者さんの選択肢を増やすという意味でも、新しい薬剤が求められている状況です。


(資料提供:RadioNano Therapeutics)
(資料提供:RadioNano Therapeutics)

既存薬よりも少量で、深いがんにも届くと期待


垣端:その新しい薬剤が、御社が開発する「RN-501」ですね。どんな特徴があるのでしょうか?


千葉氏:約500万個のホウ素原子を詰め込んだ平均粒径50ナノメートルのコア粒子を、体になじみやすい親水性ポリマーで被膜したナノ製剤です。このナノ粒子は腫瘍にとても集まりやすく、いったん集まると長くとどまります。そのため、強い抗腫瘍効果が期待できます。


和田:既存の薬剤との違いはいかがですか?


千葉氏:現在使用されているステボロニン(BPA)は、とても切れ味良く効果を発揮する、優れた薬剤です。一方で、30グラムもの量を3時間かけて点滴する必要があり、対象も体の表面に近いがんに限られていました。RN-501はごく少量を一度に注射で投与すればよいというデータが出ています。また、高い濃度で腫瘍に集まり、長くとどまるという特徴があります。そのため、体の深いところにあるがんや、広く散らばったがんにも、複数回の照射で対応できる可能性があると考えています。


(資料提供:RadioNano Therapeutics)
(資料提供:RadioNano Therapeutics)

和田:今のところ開発はどこまで進んでいるのでしょうか?


千葉氏:マウスを用いた研究段階の試験では、肺がんや大腸がん、乳がんなど、さまざまながんで抗腫瘍効果が確認されています。興味深いのは、一度がんが消えたマウスに、もう一度がんを植えても、今度はがんが生着しないことです。さらに、2カ所に移植したがんのうち、片方だけに中性子を照射すると、照射していない方のがんも小さくなる「アブスコパル効果」も見られました。


がん細胞を物理的に壊すだけでなく、がんに対する免疫も呼び起こす薬剤として仕上げられるのではないかと期待しています。


(資料提供:RadioNano Therapeutics)
(資料提供:RadioNano Therapeutics)

和田:最初はどの部位のがんをターゲットにするのでしょうか?


千葉氏:多発肺転移などの胸部の悪性腫瘍を対象に、臨床試験を進める計画です。既存の治療では完全に消しきることが難しく、治療に困っている患者さんが多い領域から取り組みたいと考えています。


京大発2つの最先端技術と、製薬の「ものづくり」の知見


垣端:御社の技術はどのように生まれたのでしょうか?


千葉氏:ナノ粒子合成を専門とする小松直樹先生(※1)と、BNCT研究の第一人者で医師でもある鈴木実先生(※2)、京都大学の2人の先生による共同研究から生まれました。社名の「RadioNano」も、放射線治療(Radiation Therapy)とナノ粒子(Nano)を組み合わせた意味を込めています。


※1※2 小松氏は、RadioNano Therapeuticsの共同創業者の1人でもあり、現在は社外取締役および科学技術諮問委員を務める。鈴木氏も同社の科学技術諮問委員として開発に携わっている。


和田:千葉さんは、どのような経緯で参画したのですか?


千葉氏:技術の事業化を進めていた京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP)が、経営を担う人材を探していたんです。当時、私は、田辺三菱製薬を定年退職し、広島大学発の創薬ベンチャーに勤めていました。そうした同じ業界でのご縁から京都iCAPに声をかけていただき、話を伺ってみると、非常におもしろ技術で、事業としても大きな可能性を感じました。それで「ぜひご一緒しましょう」ということになりました。


和田:製薬企業で長く勤めた経験も、千葉さんの決断を後押ししたでしょうか?


千葉氏:そう思います。私は、創薬のシーズを見つけ、薬として仕上げ、さらに生産へつなげるところまで、いわゆるCMC(原薬・製剤の製造プロセスや品質試験の研究開発)をひと通り経験してきました。一方で、創薬に挑むスタートアップを見てみると、有望な研究シーズを持っていても、それを実際の「薬」として形にしていくことに苦労しているケースも少なくありません。製薬企業でものづくりを担ってきた自分の経験が、こうした部分で役立つのではないか、そしてきっと生かせるのではないかと感じました。


原点は、30年前に留学した米国MITでの経験にある


和田:ご経歴を拝見すると、会社員時代に欧州子会社の社長も務めていたそうですね。それ以前からグローバルでの活動はしていたんですか?


千葉氏:ええ、いまから30年以上前の話ですが、会社員になって数年後、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)に留学した経験があります。そこでは、DDS(※3)の研究で知られ、現在も化学工学分野の世界的な権威であるロバート・ランガー先生に師事しました。


その研究室で約2年間、DDSの研究に打ち込みました。現在取り組んでいる「ナノ製剤」の分野では、薬そのものだけでなく「薬をどのように体内で運び、目的の場所に届けるか」を設計する技術が重要になります。低分子薬や抗体医薬、核酸医薬などとは異なり、薬の「届け方」そのものを設計するところに、大きな面白さがあります。その基本的な考え方や面白さを、徹底的に学んだのが、この2年間でした。


※3 DDS:ドラッグ・デリバリー・システムの略。体内の薬物分布を量的・空間的・時間的に制御し、コントロールする薬物伝達システムのこと。


和田:その頃の経験も今回の起業につながっているように思いますが、いかがでしょう?


千葉氏:今振り返っても、あの2年間は私の人生で一番おもしろい時期だったと思います。ランガー先生はとにかくエネルギーの塊のような方で、自分の研究成果をもとに数十社ものベンチャーを次々と立ち上げていました。コロナワクチンで有名なモデルナ社の創業者でもあります。


研究者が自ら会社を立ち上げ、事業化して世に問うていく姿を、私はすぐそばで見ていたわけです。日本では、キャリアを重ねると、どうしてもマネジメント業務の比重が高まるものですが、アメリカでの研究留学を経験できたおかげで「キャリアの最後には、あんなふうに会社を興してみるのもおもしろいのでは」と、考えるようになりました。今こうして起業できたのは、間違いなく当時の経験があったからです。


インタビュー中の様子
インタビュー中の様子

「失うものはない」定年後の挑戦


和田:今後の事業の展開や開発スケジュールを教えてください。


千葉氏:すでにシリーズAで6億円を調達しており、シリーズBで総額15億円の調達を進めています。こちらは2026年中のクローズを目指しています。2027年度には、人に初めて投与する第1相の臨床試験を開始する計画です。ここで、RN-501の安全性と効果を確認できるかどうかが、開発における最大の勝負どころだと考えています。その後、臨床試験を着実に進め、2031年の上市を目指して取り組んでいく計画です。


和田:定年後に、しかも実現まで時間もコストもかかる創薬分野でスタートアップを立ち上げるのは、相当な覚悟だったと思います。それでもチャレンジした理由はなんでしょうか?


千葉氏:確かに創薬は、成功する確率が何万分の1という世界です。これまでは順調に来ていますが、これから先、どこでつまずくかわかりません。それでも、穏やかな余生を過ごすくらいなら「行けるところまで行ってみよう」と決めたんです。これまでの人生で培ってきた経験を、最後にもう一度、何か新しいことに懸けてみたい。もちろん、簡単な道ではありません。それでも、定年を迎えた今だからこそ、結果を恐れて挑戦をためらう理由もありません。なにせ、失うものはありませんから。


垣端:シニア層も含め、これから起業を目指す人たちが勇気をもらえるメッセージですね。本日はお時間をいただき、ありがとうございました。これからの取り組みも応援しています!


千葉氏(右)と生態会ライター和田(左)
千葉氏(右)と生態会ライター和田(左)


【生態会のコメント】

田辺三菱製薬で創薬のものづくりを極めた千葉さんは、「定年退職後にゼロから始めた」挑戦としてこの会社を立ち上げました。インタビューでも経験豊富なシニア層だからこその起業を強く勧めており、その姿からは年齢を感じさせない熱量が感じられました。これからどんな成長を遂げていくのか要注目です。

(ライター 和田 翔)








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