キーマンの離職防止から給与改定・勤怠処理まで!京都大学生発AI人事サービス:Tech Knowledge Base
- Yoko Yagi
- 5 分前
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関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、人事業務のAIスタートアップを運営する株式会社Tecn Knowledge Base の永淵 翔大代表取締役にお話を伺いました。
取材・レポート:垣端たくみ(生態会事務局)
八木曜子(生態会ライター)

代表取締役 永淵 翔大(ながふち しょうた) 略歴
2000年生まれ。東京都出身。大学2年次から京都スタートアップにてPM業務に関わり、アプリケーションの作成を行う。伝統工芸でのイベント開催やストライクにてM&A業務の長期インターンを経て、大学4年時に株式会社Tech Knowledge Baseを創立。 2024年12月Career Rookies 優勝。
人の関係性アルゴリズムをM&Aと人事業務に適用
ライター八木(以下、八木):本日はお時間をいただきありがとうございます。まず、御社の事業内容について教えてください。
永淵代表(以下、永淵):はい。弊社は「成長の喜びをすべての働く人へ」というミッションのもと、AIを人事領域に活用するスタートアップです。2023年に京都大学在学中の友人2名と3人で設立しました。現在は、M&A後の組織統合・文化統合をデータで観測し、キーマン分析を行うエンタープライズ向けの”Keys”、そして中小企業にも対応可能なあらゆる人事業務を支援するチャット型HRサービス”ChatHR”を展開しています。
最初はコミュニケーションデューデリジェンス(M&Aの失敗要因の人や組織文化の不一致を防ぐために数字では見えない組織の実態を人間関係や情報の流れから分析する)を行う”Keys”からスタートしましたが、現在は”ChatHR”に注力しています。
実は両者には共通する基盤アルゴリズムがあり、それが私たちのコア技術の”Graph RAG”です。とても簡単なイメージでいうと、こういった会話などをすべてデータとして落とし込み、デジタル上で人のクローン、つまりデジタルツインを再現し、人事システムに組み込むようなものです。

従来のHRツールが契約や住所変更など、人が意思決定した後の事務作業を効率化することを目的としてきたのに対し、私たちは人の分析が強みですので、グラフデータを使って個人間の関係性をできる限り詳細にデジタル化し、人の関係性と変化の兆しを分析することに焦点を当てています。
八木:なるほど。人の関係性を可視化するアルゴリズム、という理解でよろしいですか?
永淵:はい。簡単に言えば、「誰が誰を同僚だと思っているか」「どのくらいの距離感で働いているか」といった人間関係を数値化・可視化する仕組みです。たとえば、AさんにとってBさんは「職場で2番目に話しやすい同僚」かもしれません。プライベートの話はしないけれど、仕事の相談は気軽にできる。あるいは、BさんがAさんからよくインスピレーションを受けている、そうした日常の関係性をデータとして捉えていきます。
私たちが注目しているのは、仕事を通じて互いに影響を与え合う関係のあり方です。人が変化するきっかけや成長の原点は、上司や同僚、チームといった他者との関わりの中にある。そのインスピレーションの源泉を見える化することが、私たちのアルゴリズムの目的です。そのために、グラフデータを使って個人間の関係性をできる限り詳細にデジタル化し、シミュレーションしています。
たとえば、ある部署に3人のチームがあったときに、それが今後5人、6人に増えていくのか、それとも2人に縮小してしまうのか、そうした変化を予測できます。



初起業で挑んだAI×PMIという未踏の領域
八木:非常にユニークな発想ですね。なぜそのテーマに着目したのですか?京大在籍時に起業されていますが、学生の段階で”Keys”のテーマであるPMI(Post Merger Integrationの略で、M&Aの後工程として行われる組織統合)という領域にたどり着くのは珍しいですよね。
永淵:きっかけは市況でした。もともと起業には興味がありましたが、AIをやりたいという動機があったわけではなく、どんな分野が伸びているかを冷静に観察して決めたんです。中小企業庁のHPでたまたまPMIという言葉を見つけ、調べていくうちに、M&Aの後工程としてPMIが存在することを知りました。この言葉を見つけて、市場規模を調べるうちに「今後必ず必要になる領域だ」と感じ、そこに注目しました。
当時、M&A総研が最短上場を果たすなど、業界が急成長していました。老舗のM&Aセンターに加え、新興勢力が出てきたことで、市場として成熟しつつも拡大余地があると感じたんです。AI×PMIは誰もやっていない領域。だからこそ、今から参入すればチャンスがあると判断しました。
八木:「AIで何かをしたい」というより、「市場がAIを必要としている」と捉えていたわけですね。
永淵:まさにその通りです。僕にとってAIをやるかどうかは、自分の好みではなく、市場が必要としているかどうかで決まります。PMI領域には、まだAIプレイヤーがいません。ですが今後は確実にAI化が進む。ならば「AIでPMIをやる会社」を立ち上げることに意味があると思いました。
八木:起業自体はいつ頃から考えていたのですか?
永淵:中学生の頃からですね。周囲に起業している人がいて、自由に仕事をしていて楽しそうだな、と感じていました。父が弁護士で、顧問先の経営者の方と接する機会も多く、自然と、自分もいつか起業したいと考えるようになりました。
大学では偶然出会った仲間と一緒にやろうと盛り上がり、銭湯帰りの雑談から本格的な起業の話になったんです。経済学部や総合人間学部出身のメンバーですが、全員がエンジニア志向で、各自インターンで開発経験を積んでいました。
“話しかける人事ツール”chatHR誕生の背景
生態会 垣端(以下 垣端):”ChatHR”の構想はどのように生まれたのですか?
永淵:”Keys”を運用する中で、課題を感じたのがきっかけです。”Keys”では、M&A時の組織や人の関係性を分析し、50ページを超えるレポートとして納品していました。しかし、現場でそのレポートを最後までしっかり読んでくださるケースは実は多くなかったんです。たとえば「この人が辞めるかもしれない」「この部署の関係性が崩れている」といったキーマン情報の部分は注目されますが、それ以外の分析は読み飛ばされてしまうことが多い。どうしても、担当者の手元に情報は届いても、意思決定の現場に活かされるまでに距離があると感じていました。
そうした経験を経て、「情報を紙やPDFのレポートで届けるのではなく、必要なときに、必要な形で取り出せるようにしたい」と思ったんです。そのときヒントになったのが、GoogleのNotebookLMでした。NotebookLMは、一度ドキュメントを読み込ませておけば、あとからチャット形式で質問すると内容を引き出せる。私たちはそれをそのまま使うのではなく、人事領域に特化した形で“会話でレポートを読む”体験を作れないかと考えました。こうして生まれたのが、チャット型の人事支援ツール”ChatHR”です。


八木:なるほど。具体的にはどんな仕組みになっているのでしょう?
永淵:”ChatHR”は、社内の人事データをベースにAIが学習し、チャットUIを通して課題解決を支援するツールです。たとえば人事担当者が「この部署の離職率を下げるには?」と質問すると、AIが社内データベースに蓄積された離職率の推移、従業員満足度、アンケート結果などを参照し、具体的な施策案を提示します。「どの社員がチームのキーマンになっているのか」「誰と誰の関係性を改善すると良いのか」といった、これまでレポートを読まなければ得られなかった知見を、会話の中で即座に引き出せるようにしました。
このシステムは既存のHRツールとの連携を目指します。SmartHRやカオナビなどのデータベースとAPI接続し、従業員のプロフィール情報や組織図、勤続年数、昇進履歴などを統合します。AIがそれらをもとに「離職率を下げるためにどのようなアンケートを実施すべきか」「どの部署にフォローアップが必要か」など、自動で提案書を生成する仕組みになっています。単なるチャットボットではなく、人事データ全体を扱うためのインターフェースという位置づけです。
さらに、”ChatHR”では複数のシナリオを想定しています。たとえば新しい人材の採用に苦戦している場合には、求人ページや採用サイトのコンバージョン率を自動で分析し、「どの表現を改善すれば応募率が上がるか」を提案します。また「給与改定」「有給申請」といった事務フローも、API経由で必要な書類を自動生成し、日本の法制度に合わせた形式で提出できるように設計しています。これまで個別のツールで分断されていた人事業務を、チャットひとつで一元管理できるようにすることを目指しています。
垣端:非常に幅広く対応可能ですね。人事オペレーションツールは競合も多いと思いますが、差別化のポイントはどこにあるのでしょう?
永淵:競合は確かに多いです。ただ、チャットベースで人事関連の全プロセスを完結できるツールはまだ存在していません。カオナビさんやSmartHRさんは多機能ですが、機能が増えるほど操作が複雑になる。実際にクライアントに聞くと、「うちはカオナビを社員の顔と名前を一致させるためだけに使っている」「部署確認ツールになっている」といった声が多く、もったいないと感じています。
”ChatHR”では、「八木さん」と入力すれば、その人の所属部署や関係性、最近のアンケート傾向などを瞬時に引き出せます。そこから「今どんなチーム課題があるのか」「モチベーションが下がっているメンバーは誰か」を掴むことができる。結果的に、社員同士のコミュニケーションが円滑になり、実際の職場環境の改善につながるんです。
もともと弊社でもレポートを可視化するためのUIを作っていたのですが、最終的に「ChatGPTには勝てないな」と思ったんです。であれば、むしろ、話しかけるUIに人事システムをのせる方が自然だと。最終的には、チャットベースの画面上で会社全体のヘルスチェックを行いながら、誰の、どんな情報を知りたいかに応じて最適化されたUIが自動で提示される、そんな形を目指しています。
八木:なるほど。それは使いやすそうですね。導入時は、どのようにデータを取得するのでしょうか?
永淵:まずアンケートを行い、給与データ、組織構成、昇進履歴、社内ネットワークなどを取得します。既存HRシステムからのAPI連携も可能です。OCRなどのオープンソース技術も活用しており、導入ハードルは低いと思います。現在はいくつかの企業と実証実験を進めています。
「困っていない」組織にこそ、変化の種がある
八木:開発を進める中で感じた課題や壁はありますか?
永淵:はい。正直に言えば、日本企業側の導入意欲は想定よりも低いと感じています。もちろん、人事ツールを使えば効率化できますし、戦略的な仕事に時間を使えるようになる。理屈ではいいことしかないはずです。それでも実際に話してみると、「今は困っていません」と言われることが多いんです。困っていないことは安定の証拠でもありますが、業務改善を後回しにすると、後で首を絞めることになる。そうした将来的な課題意識が、まだ十分に共有されていないと感じます。
私たちはまだスタートアップで、まずは実証実験を通じて信頼を積み上げていく段階です。実際に企業と一緒に検証を進め、データで効果を示すことが重要だと考えています。
AIツール全体にも共通しますが、導入が“研究レベル”で止まってしまうケースも多い。議事録ツールなども試しただけで終わることが多く、AI活用の温度感が現場まで届いていない。技術的な課題よりも、文化や導入姿勢の壁の方が大きいと感じています。
ですから、私たちが本当に求めているのは現場で一緒に試してくれるパートナーです。投資家よりも、実際に導入して課題を共有できる企業。そうした協働の形を作っていきたいと思っています。
八木:まさに本質的な課題ですね。では、今後の展望について教えてください。
永淵:短期的には、今年中にデモ版を完成させ、事業計画書を仕上げる予定です。年末までには検証を進め、具体的な導入フェーズに入りたいと考えています。
中長期的には、よりスピード感のある市場で挑戦したいと思っています。日本の企業文化では、AIや新しい人事ツールの導入にどうしても時間がかかる。だからこそ、海外を含めた新しい環境で、より実践的な価値検証を進めていきたいですね。
八木:今後のご活躍も応援しています。本日はありがとうございました!
取材を終えて
永淵CEOは京都大学在学中に起業。幼少期から起業家に囲まれて育ち、自然と事業創出を志すようになった。M&A後の統合作業(PMI)という今後拡大が見込まれる領域にAIを掛け合わせることに勝ち筋を見込んで事業化した。取材を通じて印象的だったのは、明晰な思考力と新世代らしい実行力だ。市場ニーズを捉え、技術とマーケティングを同時に磨き上げる感覚は、スタートアップとしてのスケーラビリティを強く感じさせる。今後の成長加速において関心を集める存在になるだろう。 (ライター八木曜子)
