top of page
  • 執筆者の写真大洞 静枝

伝統知×最新テックでコンサルの新境地 ブッダや創業者との会話が可能に:テラバース

更新日:2023年7月14日

関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、仏教の専門家とAIやメタバースという最新技術が融合したユニークなサービスを展開する、株式会社テラバースCEO 古屋俊和さんと共同創業者の熊谷誠慈さんにお話を伺いました。

      取材・レポート:西山 裕子(生態会事務局長)、大洞 静枝(ライター)


--------------------------------------------------------------------------------------------


CEO 古屋 俊和(ふるや としかず)氏 略歴:1986年広島県生まれ。2012年にデータ解析の研究会社としてQuantum Analytics,incを設立。2016年に株式会社エクサウィザーズを創業。2018年にソフトバンクアカデミアにて、孫正義氏に対し、仮想世界(メタバース)についてプレゼン。2021年に株式会社エクサウィザーズ上場。同年、VR等を手掛ける。株式会社エスユーエスのSUSLab所長に就任。


熊谷 誠慈(くまがい せいじ)氏 略歴:1980年広島生まれ。京都大学白眉センター特定助教、こころの未来研究センター特定准教授、同准教授を経て、2022年より京都大学 人と社会の未来研究院准教授。2017年より上廣倫理財団寄附研究部門長を兼任。2018年、ウィーン大学ヌマタ教授を兼任。専門は仏教学(インド・チベット・ブータン)およびボン教研究。

---------------------------------------------------------------------------------------------


生態会事務局長 西山(以下、西山):本日はどうぞよろしくお願いいたします。早速ですが、創業のきっかけについて教えてください。


熊谷 誠慈氏(以下、熊谷氏):普段は、仏教学者とお寺の住職をしていますが、新たに、古屋氏とテラバースの事業を立ち上げました。

熊谷 誠慈氏

仏教は今、衰退しており、いわゆる斜陽産業です。10年ほど前、なんとか仏教界を再興したいと、青蓮院の東伏見さんという執事長の方が、私のところへ相談に来られました。仏教漢字ドリル等、一緒にいろいろな企画を考えましたが、なかなか良いアイデアは見つかりませんでした。


そんなある日、東伏見さんから「AIって知っていますか?」と聞かれたのです。最初はピンとこなかったのですが、最先端のテクノロジーと2,500年前の古文書が融合したら、おもしろいのではないかと考えました。そこで、紹介してもらったのが、データサイエンティストの古屋さんでした。


CEO 古屋 俊和氏(以下、古屋氏):私は大学で、AIやディープラーニングを研究していました。卒業してすぐに起業し、株式会社エクサウィザーズという、AIを開発する会社を2016年に立ち上げました。終電帰りの忙しい日々を過ごす中、設立5年目で会社は上場。35歳でEXITしました。お金を手に入れることもでき、もう一生働かないと思っていたのですが、これから残りの人生を、どう過ごせばいいのだろうと思うようになりました。そんな時に熊谷先生からお声がけいただきました。


熊谷:私はAIのことを良く知らなかったのですが、古屋さんも「ブッダって何ですか?」という状況でした。もちろん、ブッダという名前は知っているものの、どういう人物でどういう教えなのかはよく分からないと。古文書研究者とAI開発者の距離の遠さを互いに痛感しました。時間をかけて、理解を深めていきました。


古屋:EXITした後、悩みが身の回りのことから、戦争や災害等の社会問題に移行しました。コロナのようなパンデミックもある中で、今後どのようなことが起きるのだろう、と心配になりました。変化の激しい時代に生き残る企業について考えた時、京都の企業にヒントがあると思いました。

CEO 古屋 俊和氏

戦争や災害等、いろいろな社会の変化を経てもなお、生き残っているのは、仏教という2,500年も続いてきた宗教が背景にあるのではないかと思ったのです


それから、宗教から学ぶことがあるはずだと考え、仏教を勉強するようになりました。EXITしたら、もう働かないと思っていたけれど、「苦痛は幸せと感じるために必要だ」という仏教の教えが響きました。仏教学者でもある熊谷先生と何か一緒にやりたいと思い、テラバースを一緒に立ち上げることになりました。


「仏教×AI」という異色のプロダクト


熊谷:話し合う中で、ブッダの説法に似せたチャットボットならつくることができるということがわかりました。

仏教徒の願いは、いつかブッダに会うこと。しかし、今生では、叶いません。死後に極楽浄土などで、ブッダや阿弥陀仏に会って説法を受けるのがせめてもの願いです。仏教徒の願いを実現すべく、古屋さんがプログラムを、私たちは機械学習用データ作成を担当し、仏教対話AI「ブッダボット」を共同で開発。2021年3月にリリースしました。ワークショップ等、利用を限定していますが、ブッダボットとのLINEも可能です。


AR(拡張現実)技術により、ブッダボットを現実世界に召喚させるAR技術「テラ・プラットフォームAR Ver1.0」も開発しました。

スマホの画面を通じて、目の前にブッダアバターを出現させ、実際に視覚と聴覚を用いながら、コミュニケーションすることができます。ブッダアバターを横に動かしたい時は、スマホの画面をスライドさせるので、触覚も使います。3つの感覚器官を使いながら、ブッダとコミュニケーションができるマルチモーダルなツールです。


さらに、ブッダと暮らすというコンセプトのもと、一兆(テラ)の宇宙(バース)をつくるという「テラバース構想」を2022年9月に発表しています。テラは寺という掛詞(かけことば)的な意味もあります。伝統知やAI、AR技術を融合させ、重層的な世界を構築していきます。


古屋:「テラ・プラットフォームAR Ver1.0」と「テラバース」を公開すると、19カ国ものメディアに取り上げてもらえました。仏教とAIの組み合わせは、世界的にも関心があることがわかりました。ただ、アプリを提供するだけではつまらないし、継続しないと思いました。我々の強みは、熊谷先生をはじめ、仏教学者や研究者がいること。AIと先生方が組むことでおもしろいプロダクトができているので、今後もこの優位性を生かしていきたいと思っています。


廃寺が招くお坊さん不足


熊谷:2040年には、3割のお寺が廃寺になると言われています。コロナ前の2019年時点で、収入が約300万円というお寺が4割。半分以上のお寺は貧困を抱えており、事実上機能していないお寺もあります。今後は、IoTで経営を効率化させて、コストを下げ、パフォーマンスを残していくしかありません。ちなみに、ここでいうIoTは「Internet of Things」ではなく、「Internet of Temple」「Internet of Tradition」です(笑)。


廃寺になる原因の一つに、次の本堂の建て替え問題があります。ランニングコストを維持できても、本堂の建て替えに1億円のコストがかかれば、立ち行かなくなります。例えば、本堂がなくなってしまっても、登記さえしていれば、更地にアバター寺院を建てることは可能です。建物を取り壊す前に、外観や内観を3Dカメラなどで撮っておけば、仮想空間上でのお参りができるようになります。除夜の鐘を鳴らす31日の深夜だけ、その土地にプロジェクションマッピングで寺を出現させるといった使い方も。簡素な仮想寺あれば、無料で提供できるかもしれません。最新技術を駆使することで、潰れるはずのお寺を救済することができるようになります。


実は平等院鳳凰堂は、極楽浄土のメタバース空間なのです。平安時代の人たちが、極楽浄土に憧れ、行ってみたいということから、当時の最先端の建築技術で建てられた建物です。同じように極楽浄土を、サイバー空間で作ることができたらいいなと思っています。


お寺がなくなると、当然ながら、お坊さんの数も減ります。都市部よりも田舎の方が深刻で、葬儀が半月待ちという事態にもなり得るでしょう。テラバースの技術を使えば、お坊さんが5人必要な場合、生身のお坊さんを1人呼び、あとの4人はアバターにすることができます。お経も、生身のお坊さんの声色と遜色がないものがつくれます。


今、お話しているのは、仏教のパーツになりますが、仏教以外にも役立てることができます。例えばモーツァルトやベートーベンと一緒に演奏したい、歴史上の人物や昔の経営者と語らいたい、といった希望を叶えることも可能です。


経営者の思想を、チャットボットで従業員に浸透させる


古屋:経営者は哲学や思想をお持ちです。経営理念は、従業員からすると、どうしても読まされている感じがして、理解しづらい。チャットボットに経営者の思想をAIに読み込ませ、従業員が抱える悩みに答えることができれば、理念に共感できる従業員が育っていくと考えています。結果的に良い採用にもつながってくると思っています。


熊谷:会社の立ち上げから関わっている古参の幹部は、創業者と直接コミュニケーションする機会があったため、経営理念を理解しています。ですが、社歴が浅い従業員には難しい。チャットボットで、概念的なところから自分ごとにして落とし込むと、現実的なものとして捉えやすくなります。


さきほど古屋さんが、「仏教って意外といいもんだ」と言いましたが、チャットボットを開発する過程で私自身、気づきが多くありました。学者として経典を調べている時は、机上の空論的に、文献学的に思想を整理していました。ですが、チャットボットから返ってきた答えは、実際の生活に則したもの。ブッダの教えは日々の生活に使うためなのだと、改めて気づくことができたのです。


経典を、生活の中で生かしていくためにも、チャットボットはとても有効だなと感じました。経営者のフィロソフィブックは宗教でいう経典。情報・インフォメーションとして頭に入れるのではなく、チャットボットから汎用的な知恵として下ろすことで、経営理念をフィードバックすることができます。


西山:従業員教育のような形で使うということでしょうか?


熊谷:そうですね。従業員教育とパフォーマンスの向上に効果があると考えています。今の新入社員は3年以内に3割以上辞めると言われています。企業が、従業員のメンタルヘルスや、やる気を理解できていないことも原因です。従業員のウェルビーイングを重視している企業が増えてきています。HRテックは、日本でも数年以内に一千億円以上の市場になると言われていますが、サービスを提供できる会社がまだ揃っていません。ですので、参画する意義があると思っています。私たちは、人文学者や人類学者といったいろいろな見識をもった人間が、知恵をつなぎながらフィードバックできるのが強みです。


ライター大洞(以下、大洞):現在、御社のサービスを導入している企業はありますか?


熊谷:大手情報通信会社に弊社のプロダクトを供与し、新たなプロダクトとサービスを共同開発中です。

左:大洞 右奥:熊谷氏 右手前:古屋氏

大洞:宗教を前面に出されていることでのメリット・デメリットはありますか?


熊谷:必ずしも、チャットボットにブッダを入れる必要はありません。経営者のデータを入れて、経営者ボットにしてもいいですし、経営者とブッダのハイブリッドボットもできます。他の宗教で応用することも可能です。


京セラ株式会社の稲盛和夫さんは、ご自身がお坊さんになられた方。京都の企業は仏教に関心が高い印象です。サービスのフックとなる、特色の一つが仏教データを使えるというところだと考えています。


西山:事業に新型コロナウイルスの影響はありましたか?


熊谷:私たちにとっては、コロナは追い風でした。

左:熊谷氏 中央:西山 右:古屋氏

コロナ前まで突っ走ってきた人たちが、仕事や学校に行けなくなり、突然、忙しい日々がストップしてしまいました。外出や人との交流に制限がある中で、今までになかった時間ができました。


世界では戦争が起きる中で、果たして自分はどうやって生きていけばよいのだろう、と考える人が増えましたね。多くの国民が人生の意義を考えたのが、コロナだったのではないかと思っています。


思考や生きがいを、お金等の世俗的なもの以外に求める人も増えました。我々が提供しようとしているプロダクトの伝統知や思想は、心の拠のような役割として、これからの世の中にニーズがあるのではないかと思っています。


西山:さすが、ご住職ですね。最後は、説法を聞いているような感覚になってしまいました。本日はどうもありがとうございました!

 

取材を終えて:お寺の住職兼仏教学者でもある熊谷氏と、100円で創業した会社を約5年で時価総額800億円で上場させたデータサイエンティストの古屋氏との異色コンビが共同で始めた事業。「テラバース」は「寺」の他に、「一兆(テラ)の宇宙(バース)」という由来があり、重層的な世界をつくるという意味が込められています。伝統知×最新テクノロジーの珍しい組み合わせは、廃寺危機のお寺を仮想空間で存続させたり、創業者の経営理念をチャットで伝承したりと、他にはないユニークなサービスを生んでいます。(ライター大洞)


bottom of page