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仮想空間でのレースを通じて、世界で通用する自動車エンジニアを育成!:Virtual Motorsport Lab Inc.

  • 執筆者の写真: 藤井 拓
    藤井 拓
  • 1 日前
  • 読了時間: 10分

関西スタートアップレポートで紹介している注目の起業家たち。今回は、仮想空間でのレースを通じた自動車エンジニアの育成に取り組まれている Virtual Motorsport Lab Inc. の山下 洋樹 CEOに事業概要、事業の狙い、現在提供されている研修コンテンツ、今後の展開などについてお話を伺いました。


取材・レポート:大洞静枝(生態会事務局)、藤井拓(ライター)

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山下 洋樹(やました ひろき) CEO の略歴

1987年、大阪生まれ。筑波大学卒業後、筑波大学大学院システム情報工学研究科 修士課程終了。国内モータースポーツ業界で働いた後、自動車メーカーにて自動運転開発に従事。2019年より欧州に渡航。ドイツF3チームでEuroFormula Open王者、Toyota Gazoo Racing Europe GmbHでは世界ラリー選手権タイトル獲得に貢献。自動運転・車両制御設計とデータ解析が専門。「技術者育成とテクノロジーの社会実装を実現するレース」の構築を目指して、2022年にVML創業。自動車メーカーやタイヤーサプライヤなどの企業や学会等に対して自動車エンジニア育成のための仮想空間のレースプラットホームを使った研修等を提供。


開発者が主役の自動運転レース


生態会事務局 大洞(以下、大洞):本日はありがとうございます。早速ですが、事業概要について教えていただけますか? 山下 洋樹 CEO(以下、山下氏):私たちは、自動運転のレースを通じて、自動車の技術者や、モビリティの開発者を育成したいと考えています。現在は、そのソフトウェア領域の研修を中心に事業を展開しています。


大洞:自動運転レースは実車で行うのでしょうか?


山下:レースは実車ではなく、インターネット上の仮想空間で行います。参加者がソフトウェアを開発すると、シミュレーション上の車が走り、タイムや順位が自動で出る仕組みで、競争しながら自動運転の頭脳を開発していきます。F1などのレースではドライバーの運転技術を競いますが、自動運転のレースではどうすれば速く走れるかを競います。ここでの主役はドライバーではなく、車を開発する技術者たちです。

自動運転のレースを通じた自動車エンジニアの育成環境
自動運転のレースを通じた自動車エンジニアの育成環境

生態会ライター 藤井(以下、藤井):車両モデルは共通で、その制御ソフトを受講者が調整していくイメージでしょうか?


山下:はい、使用する車両は同じです。車の内部には数多くのコンピューターがあり、それを動かすソフトウェアを開発してもらいます。自動車の性能はハードとソフトの相性で決まります。しかし、自動車業界には、ソフトを学べる教材が多くありません。だからこそ、私たちの取り組みは、ソフト側を学べる良い機会になると思っています。


レースを人材育成に役立てる


大洞:自動運転レースの実施という事業内容はとても珍しいと思うのですが、起業までの経緯を教えていただけますか?


山下:私自身は学生の頃から自動車レースが好きで、F1のエンジニアになりたいと思っていました。ところが、ちょうど学生の頃にリーマンショックが起きてしまい、スポンサー企業が協賛をやめ、レースも次々と中止になってしまったのです。レースイベントはスポンサーのロゴ掲載などの協賛で成り立っていますが、不景気になると一気に支えがなくなってしまうのだと痛感しました。


だからこそ、協賛以外の仕組みで価値を生み出せるレースに強い興味を持ちました。当時は起業して社会貢献をしようとまでは思っていませんでしたが、会社を立ち上げた根本には、社会に少しだけ良いことが起こり、何かに役立つレースを作りたいという思いがありました。


藤井:起業はいつごろから考えられていたのでしょうか?


山下:最初から起業を志していたわけではありません。国内の自動車レースの現場で働いたあと、未来の技術を取り入れたレースを作りたいという気持ちが強くなりました。その未来技術の一つが自動運転だと思い、国内の自動車メーカーの自動運転部門で学ばせてもらいました。


さらに、レースの本場であるヨーロッパでも経験を積みたいと思い、ドイツのレース現場で働きました。その過程で得たモータースポーツと自動運転の知見を組み合わせ、自動運転のレースを作りたいという思いに至りました。レースというとF1ドライバーを思い浮かべるかもしれませんが、その背後には多くのエンジニアがいます。私もその一人として関わってきました。


大洞:すごい行動力ですね。レース現場と自動車メーカーでの開発という双方の開発経験を通して、何か気づきがありましたか?


山下:通常、自動車の開発は1台の商品化まで2〜4年かかります。でもレース現場では、来週には本番、終わったら次週にテスト、その翌週にまたレースというように、サイクルが短いのです。開発した成果がすぐに試され、勝ち負けで良し悪しが分かるので、このスピード感が技術者の育成につながると感じました。


藤井:具体的にはどのように育成につなげるのでしょうか?


山下:普通の企業の研修だと、年に数日や数カ月しか機会がありません。しかし私たちが年間を通してレースコンペを実施すれば、研修で学んだことを復習したり、さらに深めたりしながら、他社と競い合う継続学習の場になります。これは各企業にとって魅力的な研修になるはずです。



現在の事業概要
現在の事業概要

大洞 : 最終的には、そのレースを通じて各社の技術の底上げにつながるということですか?


山下:結果がすぐにフィードバックされるので人材育成に直結しますし、勝つために試行錯誤することで、新しいアイデアも生まれてきます。


実際の自動車システムを学べる稀有なコンテンツ


大洞:研修のコンテンツは具体的には何になるのでしょうか?


山下: 今は教材とシミュレーターを一緒に提供するのがメインです。一見すると遊びに見えるかもしれませんが、実際には自動車のシステムをしっかり学べるコンテンツが中心です。


2024年8月、9月には、日本知能情報ファジィ学会と組んで2日制のプログラムで、1日目にオンラインでシミュレーターの使い方や自動運転の基礎講義を行い、2日目は会場でハッカソン形式のレースイベントを開催しました。サーキットを発表してから1時間以内に、誰が最速のレーシングカーを作れるか競いました。参加者は情報系の学生が多く、プログラミング好きな人が多かったので、非常に盛り上がりました。


藤井:AIも導入されていますか?


山下: はい。最初は車が全然走れないのですが、AIが学習していくうちに走れるようになります。これは強化学習と呼ばれるもので、ChatGPTなどの一部にも使われている手法です。参加者は自分でAIモデルを作り、車を走らせ、そのメリットやデメリットを体験しながら学習内容を整理できます。実際に車やモビリティにAIを組み込んで走らせる教材は珍しいと思います。


山下CEO
山下CEO

藤井:レースのような競い合いの場で切磋琢磨することが技術者育成につながって、そこに多くの企業が関心を持っているのだと思います。NHKの『魔改造の夜』の人気も、意外性のある挑戦を通じて、成長を促す取り組みへの期待の表れですよね。御社の研修も、それに近いものとして捉えられるのではないでしょうか。


山下:確かに、型にはまった研修だけではない取り組みを求める動きは、少しずつ出てきていると思います。ただ、それは会社によって異なります。 私が自動車メーカーにいた頃は、事業部ごとに集合研修があって、まるで大学の講義のような受動的なスタイルでした。 今、私たちが作っているのは、私自身が自動車メーカーに入る前や入った直後に学びたかった内容です。


藤井:このような研修を必要とする企業に出会うのは、難しそうですか?


山下:私もずっと業界にいましたが、自動車業界は保守的な会社が多いので、敷居が高いです。とはいえ、昨年末にはトヨタ技術会の有志イベントとしてワークショップを行い、これがきっかけとなり、ブリヂストンさんや今年からSUBARUさんにも技術者育成の一環として使っていただけるようになりました


大洞:きっかけとなったワークショップの様子を教えていただけますか?


山下:イベントでは、トヨタの社員だけでなく、他の企業の社員の方々にも初めて使っていただきました。集まっていたのは技術を学びたいという人たちだったので、「おもしろい」「勉強になるね」と言っていただけました。



企業や学会向けの研修、イベントの様子
企業や学会向けの研修、イベントの様子

藤井:良い反応だったのですね。


山下: 今、ご一緒している方々は、とても温かく応援してくださっています。まずは小さくても実績を作り、それを広げていこうという段階です。だから今はすごくいい方向に進んでいると思います。小さな一歩でも本当に嬉しいですね。


レースを通じて異業種間のブリッジをつくる


大洞:今後の展望を教えていただけますか?


山下: 現在は仮想空間を使って、自動車メーカー向けの技術者研修を行っていますが、研修だけが目的で会社を立ち上げたわけではありません。自動車メーカーだけでなく、部品メーカーやソフトウェア開発企業など幅広い業種に関わっていただけると思っています。将来的には、さまざまな企業からチームを集めてレースコンペを開催できる環境を作りたいと思っています。レースを通じたブリッジができれば大きな価値になると思います。


藤井: 教育事業をやっている会社は多いですが、そういった会社と組んでいく可能性はありますか?既に顧客基盤を持っているので、そこへのアクセスも開けそうです。


山下: 実は、うちのシミュレーターは誰でもWebブラウザで使えるのです。ただし、現在は有料で契約してくださった方だけが利用可能で、その利用権は私たちがコントロールできます。もし人材教育系の企業と提携できれば、ライセンスを貸す形で「必要な時だけ使う」といったことも可能です。Pythonを使うので、一般的なIT研修と同じように、楽しく学べる教材として活用いただけたら嬉しいのですが、今のところそうした事例はまだ少ないです。


大洞:ヨーロッパのレース現場のご経験もあるということですが、海外での需要はどうでしょうか?


左:生態会 大洞  右:山下氏
左:生態会 大洞  右:山下氏

山下: ヨーロッパでの起業も考えたこともありましたが、まずは自動車産業が基幹産業になっている稀な国である日本の自動車業界をしっかり巻き込もうと想い、日本で起業しました。今後、さまざまな企業とコラボして日本発のレースイベントを作りたいと思っています。そこから世界のエンジニアに興味を持ってもらい、日本の自動車業界にも還元できれば、大きな意義があると考えています。


研修を通じて企業に価値を提供し、お金を払ってもらえるプロダクトを作れているということは、レースそのものに価値が生まれている証拠です。まずは企業とコラボしながら、収益化できるサービスづくりに取り組んでいきたいです。


私はレースが好きなので、自動運転版のレースを作っています。新しい技術を開発し、勝敗を競うことで技術者が育つ。その過程で「レースを通じて社会に少し良いことを起こす」ことを目指していけたらいいなと思っています


大洞:レースが好きという思いで、一点に情熱を持って取り組まれているのは本当に素晴らしいですね。本日はお忙しい中、ありがとうございました。


取材を終えて

ミニ四駆を様々にチューニングし、F1を視聴することで育まれた山下さんのレース愛は、大学の途中からの自動車エンジニアのキャリアに踏み出し、さらに自動車メーカーで自動運転等の技術開発に従事することに留まらず、海外でのレーシングマシンの開発や分析に参画するまでの行動力を生んだ。そこから、自らの自動車エンジニアとして成長に役立ったレースの環境を仮想空間で提供すればエンジニアの育成につながるのではないかとの発想を行動につなげて起業。この山下さんのたぐいまれなレース愛と行動力がすごく印象に残りました。(生態会ライター 藤井拓)










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